電話越しの息遣い

「もしもし、あー……なまえか?」

「あ、うん!神田?珍しいね」



番号交換したものの、ただ付き合いで訊いて登録件数を増やしただけの箪笥の肥やしだと思っていた神田から初めての連絡。
毎日逢ってるし、まあ何時も私がちょっかいかけて神田が鬱陶しがるというのが私たちのパターンで。
恐らく私から連絡しなければディスプレイに「神田ユウ」なんて表示されるわけないと思ってたのに、意外にも帰り道別れて五分で連絡とは、神田も相当暇なのかよっぽど構ってほしいのか。いや、後者は絶対無いけど。まあ敢えて面白いから後者だと信じておこう。可愛いなあ、神田くんは!



「いや、電話したかっただけだ」

「なに其れ、構って欲しいんでしょうユウちゃん」

「違げえ!」



ぬお!?
いきなり大声で怒鳴るものだから私の鼓膜がきーんと不協和音を拾った。
何時も低い声を抑えて喋るから注意深く聞いてたので打撃は大きい。

というか電話の声は何時もと違う、耳元から肺辺りを震わす感じがしてなんだか可笑しい。



「で、どうしたの、迷子になった?」

「ねえよ。あれだ、さっき言いそびれたから」

「な、に?」

「……あ、あれだ、……おう」



な、なんだー!
ユウちゃんの歯切れの悪い言動は非常に珍しい。
何時も一言ではっきり叩っ斬るから。



「…なまえは、」

「うん」

「……誰かと付き合ってるのか?」

「いや?居ないなー」

「…………」



暫時の沈黙が落ちる。

なに、彼氏も居ない私に憐れみの言葉も掛けれないという意味なのかこの沈黙は!眉目秀麗才色兼備のお前には一生分かる筈無いわボケ!私は精々切歯扼腕でもするしか出来ぬわ!



「なんだよただのイトシイ彼女の自慢大会始まるんだったら切るよ」

「居ねえよ馬鹿が」

「あら意外ー。愛想悪いし気利かないし馬鹿だし短気だし馬鹿だからかなー?」

「殺すぞ」

「ほら短気ー!次いでに馬鹿ー!」

「…………」

「怒った?」

「……いや別に、」

「!!!」



神田がブチ切れないことに私は驚愕し過ぎてうっかり手滑らせて溝に携帯落とすところだった!
単細胞、脊椎反射直結脳が理性を持ち合わせているということに……!

なんで怒らないんだろう、それじゃあちょっと面白くないなあ。キレない神田は容姿端麗のモテる青年というただの妬まれ要素の塊だ。



「俺、好きな奴出来たんだ」

「へーそう良かったね切るよおやすみ」

「は!?ちょ、待てよ」

「これからノロケ始まる予感がむんむんするんだもん、爆発しろ」



なんでこんなに苛立つのか分からない。
仲の良い友達に、片思い相手が見つかったのだ。喜んでやらなきゃいけないだろう?
あの神田だよ?多分他の人には言ってないはずなのに。
私が一番祝ってあげなきゃいけない立場なのに。

なんだろう、否定してしまいたい。
受け入れたくない。



「待て、よく聞け」

「嫌だ切るよ」

「俺が」

「さーん!」

「好きなのは、」

「にー、いちー!」

「……お前だ」



「…………」



少し混線してるのか聞き慣れない若い男性の笑い声が耳障り。
というか心臓が激しく波打つものだから心音で上手く聞き取れない。
でも確かに電波で繋がる神田の緊張した声音は私の耳に入った。
電話越しで全くどんな顔してるかわからないけどその真意の瞳に映されるような感覚に陥り、張り詰めた空気が広がる。



「……嘘だ」

「嘘じゃない」

「電話の向こうで笑ってるかもしんないし」

「本気だ」

「……だって今、私がどんな顔、してるか分からない…でしょ?」



絶対みられたくなかった。
涙でぐちゃぐちゃの情けない顔、なんか。
恥ずかし過ぎるでしょ。

気付いてしまった。
こんなに胸がきゅうと狭くなってしまった。
嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなくなってしまった。



「……分かる」

「な、んで」



ぐん!
一気に後ろに引かれる感覚と共に身体を包まれた。

この香り、長い漆黒の髪、見慣れた大きな手。

なんでこんなに安心するんだろう、てくらい優しい馬鹿な青年。



「泣いてる」

「……馬鹿」



もう。
電話でしか告白出来なかった癖に。
今も後ろから抱きしめて表情も見せてくれない癖に。

好きに、なっちゃったじゃんか。







fin