蒼穹


真っ青な突き抜けたような空。
ふわふわと厚い入道雲。
焼け付く太陽が視界を眩ます暑さ。

時期は夏休み真っ盛り、の筈なのに。



「なんで学校に来なきゃいけないわけー!!」

「馬鹿だからだろ」

「バ神田も」

「斬るぞ」


長らく逢ってなかった神田と久々に逢う機会がまさかの補習なんて!
しかも引っ掛かったのはふたりだけ。
衷心にぐさりと何かが刺さった。
なんで人には平等に知力が無いのだろう。
並々ならぬ努力をして、寝る間も惜しみ勉学に勤しんで、こんなに時間を掛けて勉強をしても何故点数が着いてこないのでしょうか。
周りの子は勉強していないなんて言ってたのになんで猛勉強した私がバ神田とふたりだけで補習なんだ!
しつこい?知るかー!


「畜生!暑いー!」

「帰るぞ」

「え!ちょ、待って!置いていかないで!」

「お前もサボるんだよばーか」

「なっ!」



神田は私の手を引き歩き出した。
教師が未だ来ていないことを確認して誰も居ない教室をふたりだけでこっそり抜け出す。
……なんだか駆け落ちみたいで子供のように胸を躍らせた。


太陽が私たちの足下に真っ黒な影を伸ばす。
彼の大きな手に不器用に繋がれて包まれるのがなんだか妙にくすぐったい。



「何処に行くの?」

「っ、デート」



神田は前をずんずん歩いてて顔は見えないけど、彼の耳朶は暑さのせいか否か真っ赤に染まった。

何時も照れたら顔を逸らし赤い耳を此方に向ける。本当そういう所可愛い、なんて言ったら怒られるんだろうな。
自然と絡まった指が酷く愛おしい。
このまま何処までもふたりで歩いてゆけたらいいな、なんて1人で頬が緩んだ。


そしてたどり着いたのは青い海でも水族館でもきらきらしたショッピングモールでもましてや夢の国なんかでもなく。
見慣れた風景の、毎日のように御世話になっている、



「コンビニかー!?」



かくん、膝の力が一気に抜ける。
浪漫飛行さながらの小さな危険な夢は幻想のままに儚く砕かれた。
私の目の前には現実が突きつけられる。

もう品物も殆ど把握しているのでは無いか、なんていう程行き慣れたコンビニ。

神田を見やれば飄々とした目つきで汗をシャツで拭ってずんずんと入っていった。

自動ドアが開いた瞬間それまで私達を覆っていた灼熱から解放され冷気が一気に襲った。身震いするくらいの涼しさが汗で纏わり付いたシャツの温度を下げてちょっと不快感。
しかしこの冷たさが堪らなくて、思わず「あー」と感嘆の声が漏れたのが彼と重なった。それだけで少し嬉々としてしまう自分が居る。
そして商品棚の前まで来ればふらりと離れる手。
さっきまで繋いでた高騰した手がゆるりゆるりと冷えてゆく。



「……腹減った」

「結局それー?」



これがデートというものなのか?
いや絶対違う!こんなの普通の恋人なら日常だよ日常!きっとそうだ!
ていうか大体神田がまさか、で、でデートなんて連れて行ってくれるわけないじゃん。さっきまでひとりで浮かれてたのが酷く恥ずかしい。


私はアイス、神田は炭酸飲料と蕎麦を買って看板に伸びる真っ黒な影に座り込む。
遠くで卵を割れば目玉焼きが直ぐにでも出来そうなくらい、じりじりとマンホールが焼けている。

神田を見やれば何時も通りの、



「また蕎麦ー?」

「うるせえほっとけ。
ほら、溶けてるぞ」

「うわ!ほんとだ!」



神田が指差す先にはもう既に元の水分に戻り出したアイス。
どんどんと私よりも早いスピードで溶かしてゆく太陽が憎い。
少ししか口をつけていない筈なのにもう上は棒が頭を出している。
そして仕舞いには鮮やかな色の固体だったモノは私の手首から腕へとどんどん下に流れていった。

ああ私のアイスが!私が食べるより太陽が溶かした方が多い!
てか腕べたべたになる!ちょっと待って!



「下手くそ」

「あ!」


急に神田が私の腕を引き、そしてあっという間に溶け出したアイスの半分を神田がぱくりと攫っていった。
そしてアイスの流れた軌跡をなぞるように舌が滑りゆく。



「わあっ!」

「なまえはノロいからこんなんなるんだよ」

「ノロくないっ!」

「お前何時も見てらんねえから」



ぺろりと完全に舐めとると神田は「くそ甘いな」と一言漏らし、額に冷えたペットボトルをあてがった。
光を透かした炭酸が彼の顔に美しいシルエットを乗せる。
ああ本当に綺麗だな、なんて見とれてしまった。

でも腕に残る彼の通った痕が見せ付けられれば私の身体が余計熱を持たせ高騰する。アイスはこんなに冷たいのに。


見上げた蒼穹は私達を呑み込んでしまうんじゃないかと思うくらい何処までも壮大で、身体を委ねてしまえばこのまま溶け込んでこっそり駆け落ち出来るんじゃないかな、なんてふと笑いが込み上げた。



「……お前がアイス食い終わったら、デート行くか」

「えっ本当に!?じゃあ何処か遠くに行きたい」

「じゃあ道行きでもするか?」

「なにそれ?」

「……駆け落ちっつうことだ」

「……うん」



ふわり、蒼穹に浮かぶヨーグルトみたいな雲が何処までも膨らんでゆく。

どちらからともなく繋いだ手はやはり灼熱で、やはり彼はそっぽを向いて真っ赤な耳を此方に向けるのだ。



蒼穹
(色褪せることない記憶)



fin