リングに殺される
今日もまた部活が終われば何時もの外のボロいベンチで座り俺を待つのは幼馴染みのなまえ。
近所だからという理由で向こうの過保護な親の言い付けで毎日送り迎えをする。ただ、ただそれだけ。
それだけの筈なんだ。
着替えてなまえの元に行けば彼女が明るい表情を浮かべて嬉々とした声を上げた。
「あ、ユウお疲れ様!
もう直ぐ大会?行くからね」
「来なくていい」
木枯らしが重なるベンチに座り込む彼女の手を引き起こす。何時も予想外の軽さで彼女が持ち上がるのでなまえはバランスを崩す。
「もう!下手っぴ!」
「済まねえ」
やわらかい彼女の手にひやりと氷のような無機質で硬質なモノが手のひらの体温を奪った。
はたと見やれば彼女の右薬指に光る銀のリングが俺を睨むように月の明るみを突き刺した。
ペアリング。
昔お揃いなんだと歓喜して見せられた他人の所有物だという絶対的な証明。
これが光る度俺は心臓がえぐられたようなどうしようも無い気持ちになる。
にこりと笑う彼女と肩が擦れるくらいのもどかしくも絶対に埋めれない距離、これが俺達の距離。
そして、俺が越えられない距離。
ふ、吐いた息が白くなって溶ける。
「こないだね、彼帰って来たんだよ、日本に」
「……そうか」
……彼。こいつの恋人。
少し年上のいけ好かない奴。
初めて連れてきたときは本当に目の前が真っ白になった。
皮肉、途端に虚無感が喪失感が俺に襲い掛かった。
憎まれ口のひとつも叩けないくらいに。
前まであんなに近かった距離が、全く変わらない筈なのに彼女が遠くに感じて仕方ない。
隣で歩いてる筈なのに、孤独感を感じずにはいられない。
夜の冷たい空気がふたりを包み、歩調の合わない足音だけが暗がりで響く。
「んで久々に遊んだの」
「…………」
寒いのか手を擦る彼女の手のひらを温めてやろうと無意識に握りそうになったがはたと我に返り情けない気持ちと共に制服のポケットに突っ込んだ。
何を舞い上がってるんだ、ただ毎日帰路に着く為に待ってやがるだけじゃねえか。
試合来るっつうのも幼馴染みってだけだ。こいつは取り分け特別な感情なんか何もない。
なまえは。
しかし何時も隣で笑うなまえの右手に嵌った指輪を見る度ぶつけようの無い苛立ちが湧き上がり舌打ちをしてしまう。
永遠の契りを約束されたそのリングが完全に俺を拒絶する。
あの硬質な銀の指輪に触れてしまう度俺は首に輪を掛けられ吊し上げられるような絶望を突き付けられる。
「でもね、あんまり楽しくなかった。別れようかな?」
「そうしろ」
「あはは、言うと思った。
ユウみたいな人と付き合えば良かったよ」
軽いローファーの足音と呼吸音だけが暗がりで聞こえる。
彼女の家の前で立ち止まり、家門に入り彼女が振り返った。ぱちりと瞳が合った瞬間思わず視線を逸らして靴先にやる。
「ありがとうね。何時もごめん、お母さんったら心配性なんだから。
でも私、毎日ユウと帰るの楽しみにしてるんだよ?」
何言ってんだ。
早く帰れよ、馬鹿。
「別に構わねえ」
「……じゃあね」
パタン、扉が閉まった瞬間、俺はその場にへたり込んだ。
さっきの彼女の最後の言葉が何度も耳裏を反芻する。
なんだよそれ。
付き合えば良かったって、なんなんだよ。
楽しみにしてるって。
別れそうって、なんなんだよ。
少し期待しちまうじゃねえか、馬鹿。
彼女の発言に一々反応しちまう女々しい自分が鬱陶しい。
そして明日もまた俺は目の前で笑うなまえに翻弄され、指先に光るリングに殺されるんだ。
fin
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