シェリーの悪戯



昔からずっと追っているというのに、一度も対等に見られたことなんか無かった。
ずっと一緒にいたはずなのに、いつもアイツの眼中に俺は居なくて、どんなに共用する時間は長くても、一番近くに居ても、この距離に有るのはいっそ空間ごと違うような、取り払われることの無い冷たく硬質な高い高い壁。
アイツはこんなの感じたことは無いだろう。


「神田、またフられちゃったよぅ」なんか言って泣きつかれたときだって俺にしとけ、なんて言えるわけも無く腕を回して抱きしめることも出来ず泣きたいのはこっちだとひたすらもやもやした。
何時になったらお前は俺を男として見やがるんだ。

お前のこと、一番に理解してるのは俺だ。
歳ばっか喰ってる奴らが大人ということは限らない。

しかしそんなこと到底わからないこいつはひらひらとした薄手の軽装で今日もまた俺の部屋に訪れた。


「神田ぁ、また別れたよーっ」

「……ふん、」



馬鹿が、そら見ろ。
年上だから度量が良いとは限らないと言っただろうが。
手前では毒を吐くも内心では何処か安心している自分がいてそれがまた腹が立つ。

はらはらと涙をこぼすなまえの頬を不器用に擦って拭ってやれば、なまえは鼻を赤く染めて潤んだ瞳をしばたいた。
少し可愛いなと思った俺はやはり馬鹿なのかもしれない。



「ぐす、だから呑んで呑んで、浴びるように呑んで忘れてやるー!」



でもそれは可笑しいだろ。
いくらなんでもそんなばかでかい酒樽持ってくるか普通。此処は俺の部屋だぞ、分かってるのかこいつは。

大体もう既に少しアルコールが入ってるだろ。
何時も凜としていた瞳は少しとろんとして頬を紅潮させへらへらと笑っている。
泣いたり笑ったりで忙しい奴だ。



「とりあえず帰れ」

「酷いー!恋に傷付いた乙女を追い出すつもりなの!?」

「意味わからん帰れ」

「だーから未成年は駄目なんだよ。
しょうがない、科学班のおっさん組でもちょろまかすか」


「……おい」



馬鹿でかい酒瓶を担いだなまえの細い手首を掴む。
今手を離せばこいつはまた何処かへ行ってしまう。また他のロクでも無いしょうもねえ男のところに行ってしまう。
こんな薄着で、酔っ払って、愛らしい瞳で見つめられれば馬鹿な男共はどいつも絶対落ちるだろう。
……離すわけには、行かねえんだよ。



「行くな」

「へっ!?」

「いいから、此処に居ろ」

「……もー、ユウちゃんたら可愛いんだから」

「黙れ斬るぞ」



華奢な腕が俺の首に回る。
耳元で「えへへへ」と笑う彼女は既に少し酒の香りがし鼻についた。

何時もよりあからさまに近い距離に思わず赤面したのを絶対に気付かれないように少し火照りが治まるまでなまえが逃げないように強く抱きしめ暫時待つも全くと言っていい程身体の熱は引かず寧ろどんどんと高騰してゆく。

なまえは「どうしたのー?」なんか間延びした声を漏らした。俺が普段全くこんなことしねえから。

実際こいつはそんなに酒が強いわけでは無い。いや、現にこの通り、すぐに自我を失って他人に絡む。
だから余計に男と呑むというのが許せねえ。
俺以外の奴にもこんなことをするなんか、絶対許さねえ。



「じゃあ、飲み比べで賭けねえか?」

「へー?何を?」

「負けた方が言うこと訊く、てやつ」

「ふふーん、やってやろうじゃないの。
神田負けたら談話室でふんどし腹踊り決定!」

「なんでもしてやるよ、おら」



酒樽から酒を酌みからん、と軽い音をたてて乾杯する。
一口、口内に含むと独特の匂いが充満。正直まあ酒なんか呑んだこと無かった。未成年だしな。しかし喉を通る熱さが意外と嫌いじゃないかもしれない。



「あれ?神田意外と呑める口?」

「日本男児なめんな」

「未成年のくせに」

「お前だってまだ成人青二才だろ」

「神田はあと2歳足りないけどね」

「そんくらい変わんねえよ」



くい、と飲み干せばまたなまえが「ままっ、社長どうぞどうぞ」と楽しげについだ。
ああ予想外に酔っているのかもしれねえ、なんだか気分が良い。
それは恐らくなまえも同様だろう、ころころと鈴のような声で笑っていた。



「そういえばさ、神田の願いって何?」

「あ?」



普段より艶っぽい流し目で俺を映し出す。
欲望に任せて華奢な腰を抱き寄せれば抵抗する素振りすら見せず素直に従った。
少し潤んだままの瞳が不安げに揺れるのを肴に一気に飲み干してその濡れた唇に自らのものを重ねる。



「……これだよ」

「!?」

「ふん、顔真っ赤だぜオネエサン?」

「お、お酒のせいよ!」



腕の中であたふたと慌てふためくなまえが愛しくて堪らなくなった。ああ熱い、酷く酔ってしまったようだ。



「もう、酔い醒めちゃったじゃん。どう責任とってくれるの?」

「どうすればいいんだよ?」

「……分かるでしょ、理解しなさい」

「さあ?分からねえな」

「年下のくせに生意気なっ」


少しからかってやれば酔いが醒めた筈の彼女の頬が一層赤く染まる。
腕の力を強めれば頬に唇を落とされた。
驚愕のあまりなまえを見やれば何時もの悪戯なあの笑顔。



「……仕返し」

「なにがだよ」

「だって神田酔っ払ってるから明日になったら忘れちゃうんだろうなって思ったら悲しくて、」



何故か分からねえが急に胸がいっぱいになり、無性に離したくなくなった。






(きっと俺もまた馬鹿な男のひとり、)



fin