おはよう
朝、鳥の囀りととんとんと一定の感覚で響く朝食を作る音。
ひとりで寝るには広すぎるベッドで伸びをひとつ、隣に目をやればもうなまえはいない。
『ユウーごはん出来たよー』
「…………」
キッチンからかかる愛しい声。しかし起きれない、朝は専ら苦手だ。
春夏秋冬関係無くベッドから出られない。
なまえはそれももう熟知している。
もう結婚して一年も経つのか、なんてしみじみと考え、徐々に頭が覚醒するもやはりこの魔の手から逃れられない。
『……もーユウ、ごはん出来たから起きて!』
「…眠い」
『今日も会社行かなきゃ』
「…休む」
『毎日そんなこと言って。休んでくれないくせに』
「…………」
『わあ!』
なまえの細い腕がテリトリーに入った瞬間一気にベッドに引きずりこんだ。
もう、と怒る彼女……いや奥さんを抱きしめて幸せを噛み締めながら再び重い瞼を閉じる。
『寝ちゃだめ!起きて、早く。ごはん冷めちゃうよ』
「…………」
分かってるのだがこの温かみから出れないし、お前をまだ離したくない。もう少しだけ、
『私だってユウと1日一緒に居たいけど、ユウ責任感強いからいつもギリギリで行くでしょ』
「…………」
なまえがむくれながら唇を尖らす。ああ駄目だ、すげえ可愛い。
しかし睡魔には勝てない、彼女を抱く腕の力を少し強め、また夢の世界にうつらうつらと墜ちてゆく。
『……もう。休むの?』
「……行く」
『じゃあ起きて』
「…………」
『ユウさーん、神田ユウさーん』
「…………」
不意に彼女がむくりと起き上がった。ずるりと頭が落ちる。
『もう!そんなんだったら明日から別々で寝るからねっ』
「はっ!?」
思わずなまえの両肩を掴んだ。
瞼の重みも眠気も気だるさもベッドの外に飛んでいく。
「おおお俺のこと嫌いになったのか!?」
『違うよ!ユウが寝坊助さんだから!』
「……起きたら許すか?」
凹む。
なまえと寝れないのならもう俺に睡眠は要らねえと叫べる自信はある。
なまえはふわりとやわらかい笑顔を浮かべて『じゃあ起きて』と囁いた。
仕方なく重い身体を引きずり起こしてなまえの額にキスを落とした。
『おはよう、ユウ』
「おはよう」
彼女の肩を寄せてキッチンに向かえば今日もまた朝食と一緒にぜったい俺に似合わない浮ついた柄の袋に包まれた弁当が並ぶ。
この袋はやめてほしいと何度も懇願したが彼女は『可愛いから』の一点張り。課長に笑われるわ同僚には茶化されるわで本当そこだけはなんとかしてほしい。
白いプレートに乗った目玉焼きを頬張る。
少し黄身が固くて調度良い。
『ユウがすぐ起きたら黄身半熟だったのになあ』
「…………」
朝は起きれないんだ、きっと起きたての俺は俺じゃない、とか言っておく。
トーストをかじりながら今日の仕事の内容を手帳を見ながら整理する。
チッ、今日会議入ってやがる、課長俺に押し付けやがって。ハゲが。
早く帰れねえか、なんて家に居るのにもう帰路の心配をしているのがなんだか滑稽だ。
「……上司ムカつくし行くの面倒くせえ」
『だめだよ!弁当の中身全部ばらすよ』
「…………」
正直そんなに困らない。
中身バラされたら全部甘ったるいモノとかだったら放り投げちまう程困るが。
身の回りの用意を足早に済ませ玄関へ向かう。
忘れ物だよ、と彼女が俺の鞄にハンカチと可愛いらしい弁当を詰め込んだ。
ネクタイを上げられて引っ張られたと思いきや頬にやわらかい唇を運ばれた。
そこから愛しさが広がってゆく。
『えへへ、いってらっしゃい。弁当ちゃんと食べてね』
「ああ。行ってくる、」
本当は全部知っている。
あの煩いくらいの弁当の袋だって言い寄る女から遠ざける為。(そんなことしなくても俺はお前しか要らないのに)
卵の硬さだって俺が起きないのも計算されてあの硬さにしてある。
ああ、本当にお前にはかなわない。
愛を包む桃色の袋
fin
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