傘の下、二人だけ時間


大して中身のないLHRが終わり、いざ帰ろうとした途端バケツをひっくり返したような豪雨。
周囲はブーイングの嵐。
僕は怠惰で放置していた自称置き傘をがらがらの傘立てから取り出した。

お前ズルいな、とか周りの茶化しやヤジを適当に流し別れの挨拶を交わしていると、正面口に雨を睨み佇むなまえ。



「なにしてるんですか、雨乞い?」

『自分が傘持って無いのにしないよ!』


雨乞いは出来るんですか。

僕が笑いそうになっているとなまえが僕の右手に握られたボロいビニール傘に視線を寄越した。



『アレン傘持ってきてたんだ、すごいね天才だねムカつく』

「なんですか最後の暴言。
家近いから傘に入れてあげますよ、タクシー料金制で」

『高い!』



彼女の分のスペースを開けて傘に入れてやる。
なまえが小さな声で失礼します、と呟いた。
やはり只の近所の友達なのだ、僕たちの間には距離と比例して誰か入れそうなくらいの大きな空白が空いていた。
彼女のほうに傘を少し傾けるも「もう少し寄ったらどうですか」なんてそんな甲斐甲斐しいアピールなんか出来る筈がない。まるで僕が下心丸出しみたいじゃないか。まあほんの、ほんの少しならあるかもしれないけど。



『ごめんね、ほん……ぅきゃぁぁああ!!』

「うわ!」



ピシャーンという大きな音と共に曇天から一筋の光が地上を突き刺した。案外近くで雷が落ちたらしい。

別に僕は雷が怖いわけでは無い。まあ好きじゃないけど。僕が驚愕したのは其処じゃなくて、隣で飛び上がって僕に抱き付いたなまえに。

雨の匂いと共に彼女の石鹸の匂いが鼻孔をくすぐる。
こんなハプニングでさえ内心嬉々としている自分が恥ずかしい。



『ご、ごめん』

「只今跳ね上がって料金5070円です」

『高!』



普段より薄暗い公園を横切ればもうすぐ僕らの家に着いてしまう。

時々ぴかりと暗がりを照らす雷が顔を覗かせる度になまえの細い体が控えめに僕に引っ付いた。
僕はその度に心が跳ね上がるも平静を装う。こんなのでどきどきしてる僕ダサすぎる。駄目だ駄目だ。



『今もう一万円超えてるんじゃない?』

「そんなに安くないですよ」

『安い!?』



本気でどぎまぎする彼女に苦笑する。どれだけ僕のこと金にシビアだと思っているんですか。


ねえ、と彼女が此方を向いた瞬間五月蝿いエンジン音と共に高速で車が走ってきた。

危ない、

咄嗟に彼女の腕をひき遠慮の距離が0になる。

暗がりの筈なのに彼女の頬が染まっているのが分かった。
この傘の中がどこかふたりだけの空間で切り取られたかのように錯覚する。傘の錆びと湿った土の匂いと僕の汗がたらり。

ざあざあといきなり雨が一層強くなり、激しい雨が傘をノックする。
彼女がなにか口を動かすも雨音で消されて聞こえない。

「聞こえないよ」と、わざとらしい口パクをした瞬間彼女に制服のネクタイを一気に引っ張られ甘いキスが。
歯がぶつかった気がするけどそれよりも未だネクタイを握る彼女の行動を頭が理解出来ない。



「!!?」

『好、きなの』



控えめに零す彼女の言葉をもっと聞きたくて、見たくて、誰にも聞かせたくなくて近付く。
ゆっくり瞳閉じる彼女に惹かれるように再び落とす唇。

そっと離せば視線絡めくすりと艶然を此方に向け、僕の濡れた左肩を叩いた。
ふたりの距離を埋めるようになまえの小さな手と繋ぐ。



『遠回りで帰ったらタクシー代半額にならない?』

「特別サービスですよ」



ボロボロの傘の下、冷たい空気と湿った繋いだ手のひら。



fin