溺れる魚
彼の瞳に閉じ込められれば、私は何時も息が出来なくなる。
『……きれ、い』
思わず声に出てしまうと目の前の漆黒の青年は訝しむような表情を此方に向けた。
「は?」
『ユウの目、綺麗ですごい好き』
漆塗りのようなその艶やかな瞳が、とても綺麗。
「気持ち悪りい」
『ひどい』
ふん、と彼は一瞥してまた六幻の刃に布を滑らせる。だけどその刃に反射した光が2つの闇を照らすのを恍惚として見つめた。やっぱりユウのしっとりとした黒瞳は心惹かれるものがあると思う。
まあ気持ち悪がられてしまったけどもひとりで悶々と考えるよりマシか、なんて思いそっとユウの隣の席を外しそうとすれば立ち上がれない。あれ?
『なにしてるの、』
「何処行くんだよ」
『何処って無いけど』
「じゃあ此処に居ろ」
彼の筋肉質な腕が私の腰に回り、彼に引き寄せられた。背中に感じる温度に鼓動を早めさせられる。
『どうしたの、珍しい』
「お前が変なこと言うから、」
振り返ればその瞳を逸らし少し口を尖らしている林檎のような彼に思わず笑いが込み上げる。
「好きなんだろ?」
『ん、』
「いくらでも見せてやるよ」
『わっ』
ぐっと彼の腕の間に押し込まれ気付けば天井を仰ぐ状態。
影が落ちる彼の端正な顔に輝くふたつの瞳に捉えられた。
溺れるような黒さに、引き込まれるかのような錯覚に陥れば、落とされるキス。
甘い甘いそれに心の奥から愛しさ込める。ふわふわと脳内麻薬が体を蝕んだ。
薄く酸素を求めた隙間に神田の舌がねじ込まれ、歯の裏や舌を犯されてゆく。
『は、ぅ…ん…っ』
「……っはぁ、」
酸素不足で彼の厚い胸板を叩けばやっと離される唇。
薄くなった体内の酸素を求めるように肩で息する滑稽な姿を神田はにやりと優越感ある笑みを向けた。
それが気にくわなくて不機嫌な声を漏らす。
『なに笑ってんのさ』
「……お前も乱れてるとき、すげぇ綺麗だ」
『んなっ!』
意表をつくようなことを言うから一気に自分の頬が紅潮したのが自分でも分かる。
め、珍しいこというからすっごい面映ゆい!
「……続き、していいか?」
『えっ?……ま、まだ昼間だよ?』
「もっとなまえの綺麗な姿、見せてくれ」
『…………』
本当こういうときだけ口上手。普段もこれくらい冗談言えばいいのにな。
ほら、そんな目で見たら私、溺れてしまうでしょう?
「……好きだ」
『ん、あっ』
彼の瞳はずるくて好き。
君のなかでは泳げない。息ができない。
漆黒の海で水泡だけが酸素を求めるように悠々と地上に逃げる。
ユウの中ではこの鰭も尾も意味無いのかな、
溺れる魚
fin
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