電波ダイブ
なんだろう、これは。



『っあーー!!もうっ!』



草木も眠る丑三つ時、深夜3時。
こんなモノ書いちゃったのもきっと昨日からうまく眠れていないから無意味なアドレナリン放出されすぎて変なテンション故なのだ。だから不覚にもこんな過ちを起こしそうになったんだよ、と自分を慰める。

ぱちり、もう一度携帯を開くと面倒そうに遅れて画面の証明が私を照らした。

浮かれた桃色の文字が羅列している。
なにが「好き」だ、なにが「付き合って」だ。

私がそんなこと言える筈が無いじゃんか。
しかしこの未送信メールに並ぶ文字は女らしい言葉ばかり。嗚呼これもきっと徹夜明けの元気さ故。

大体そうだ、こうやって私がひとりで深夜の宴をやっているのも神田がこの頃やたらと私に声を掛けたり、他の子にはぜったいしないような優しさを此方に向けるからじゃんか!……なんて阿呆すぎる八つ当たりをする。



『送ろうか、な』



確かに彼に惹かれているのは自分でもわかった。
家が近所なので毎日一緒に帰宅していたら友達から「付き合ってんの?」なんて茶化されても悪い気もしなかった。(神田はくだらないって言ってたけど)

然し彼はその美貌から学校で一番モテていると思う。(実際一緒に帰ってたら他のクラスの女子からいつも殺人光線浴びるもの)

でも彼は私から見ても可愛い子でも、評判の良い子でも必ず「興味ねえ」と一瞥しフッていた。
あまりに毎回彼は断るから私はうっすら、『彼は本当はそっちの気があるんじゃないか』なんて疑っている程。
……そんな少し妖しい神田くんに告白したってぜったい駄目に決まっているじゃあないか。

大体フラれたら今までみたいに一緒に帰れなくなっちゃうんだよ、そんなのやだよ。


いやでも本当にこのままでいいのか?と訊かれれば、潔く肯定は出来ないだろう。

どうする、ある日突然ユウが頬を赤らめながら「俺今日からコイツと帰るから」とか言ってがっちりしたおっさんみたいな先輩とか連れて来たら!


……やだやだ!!



えい、と震える指でボタンを押せば長らく休んでいた画面が明るくなった。
メール送信中、と無機質な文字が私の心臓を跳ね上げた。
ああ、もうすぐで完了する……。



『やっぱ待ってーっ!!』



咄嗟に中止ボタンを押してしまった。

送信中止しました、というテロップが私に優しく語りかける。

ああ駄目だって。ユウにそっちの気があっても私には関係ないじゃあないか。何をそんな感傷的になってるんだろう。

いやそれは好きだからいいんだ!そうだそうだ。
私が一番ユウを知ってるんだぞ!好きになって何が悪いんだ!!健全な女子高生だぞ、恋くらいして何が悪いんだっ。青春夢見て何が悪いんだっ。


送信してやる!


もう一度送信ボタンを押し、メールが流れる画像を眺める。緊張たる不協和音が耳を支配する。
あ、あと少しでゲージが溜まる……。



『やっぱり駄目ー!!』



再び慌てて中止。

はあ、とまた安堵の溜め息を漏らす。我ながら往生際の悪すぎて情けなくなる。



『……私ってこんなに優柔不断で決断力皆無だったんだ』



自分に絶望した。
なんだよー、私もっと鷹揚で御侠な性格だと自負してたのに。

もういいや、もう寝よう。

携帯をベッドに投げて電気を消す。
ぎらぎらと冴えた脳と瞳に無理矢理子守歌を聞かせど当然眠れる筈も無く、もう一度携帯を開く。


ん?

眩しいくらいの照明の奥に、「着信一件」を知らせる文字。

ああ、マナーモードのままだったかな、なんて呑気に考えながら開くと、




神田ユウ




の文字。

なんでなんで!?
メールは送ってないよね?
ひょっとして私あまりに考え詰めすぎてテレパシーでも送った!?
それとも以心伝心!?

とりあえず震える指と跳ねる心臓を宥めてリダイヤルをかける。

プルルル、呼び出し音が嘲けるように私をからかう。



「……も、もしもし。なまえ、か?」

『あ、うん。どうしたのこんな遅くに』



なるべく平静を装う。
やばい、何この気まずさ。あぅ、恥ずかしい。

ユウは普段ぜったい聞かないような驚愕の声で


「はぁっ!!?どうしたって何だよ!?」

『何って何よ!?』

「と、とととりあえず今からそっち行っていいか?」

『な、あ、うん』



ぷちり。電話を切る。

ユウなんであんなびっくりしてたんだろう。
あんなうろたえたユウの声初めて聞いた。ぜったい面白いだろうな。



とんとん、ベランダがノックされた。

隣家の私たちは、小さい頃よくベランダで行き来していた。何時もお母さんに怒られていたけど私たちはこっそり「秘密の抜け道」とか言ってたっけ。
何時からこの道を使わなくなったんだろうか。

センチメンタルな気持ちになりながらも窓の施錠を外し神田を部屋に入れた。



「よぅ。秘密の抜け道、久しぶりだな。おばさんに怒られるかもしんね」

『本当に、ね。でもお母さん寝てるから』

「…………」

『…………』



深夜に似つかわしい沈黙が私たちを飲み込む。
暗闇に溺死する感覚から逃れるように神田が重く口を開いた。



「……お、お前。あの、さ」

『な…何、』



ユウがふいと顔を反らしてその骨ばった手で表情を隠した。

あ、耳朶真っ赤。







「あのメール、本気、か?」













『えええ!?ななななんでっ!!!』



なんでちゃっかり届いてるわけ!!?
兎に角パニック状態に陥り、普段使わない脳で懊悩した。



「なんでってなんだよ!!
センターで引っかかってたから取得したら遺書くらい長げェ、……吉報、が」



告白メールなんてユウからしたら浮ついたこと、言えないんだろうか。
だからって、吉報。
良い、知らせ。

って、



『うわあああ!!』

「何が<うわあああ!!>だよ、こっちが言いてえよ!しかもお前なんか飄々としてるし」



誤送信しちゃったのか、とか中止するのがギリギリだったのか、とか全部どうでも良くなった。
ねえ、ユウ、はっきり言って。
自惚れてしまってるのかもしれない、けど。



『あの、返事は?』

「あ、ああ」



然し私の願望とは相違し神田は私の携帯を手にとると気難しそうにぽちりぽちりと文字を打ち、ふんと此方へ寄越した。


ぱちり、開けばたった一言、「好きだ」のみ。

ユウメールも苦手なのに。


いつかユウの口から聞ける日が来るのかな。





今は言えない私の思い、電波に乗せて、届け。



fin