ピーターパン症候群
大人になりたくない。
何時までも子供でいたいんだよ、ずっとみんなでバカやっていたいよ、卒業したくない。就職したくないんだ、まだ、大人に、なりたくない。
「どうしたんですか、なまえ」
『だってなんかもう進路決まってさ、みんな背中とかもうおっさんなんだもん。とくに神田くんよお』
「黙れよ餓鬼が」
夕暮れが私たちを照らす、家路。いつも私たちの4人は家が近いという理由で小中高ずっと一緒に帰っていた。
この関係が無くなるなんて私の世界ではありえないことで。
この先もずっと夕暮れに塗れてゆっくり自転車を手押ししながらバカな話してしょうもないことで笑っていたいのに。
みんなどんどん大人になってゆくんだ。
ふとしたその表情や横顔は、もう幼さを残してはいないんだ。
『みんな、ずっと一緒にいたいよ』
「なんかすっごいプロポーズみたいさ」
『じゃあいいよ、私みんなと結婚するし!アレンを嫁にして神田を旦那にしてラビをはとこにするよ』
「はとこ!?俺だけ遠くね!?」
「んでなんで僕だけ性別転換してるんですか」
『アレンモヤシで可愛いからだよ』
「ちょっと待って、俺は無視!?」
「神田は旦那席に着けて調子乗ってますよ、其処の溝で洗髪でもしてもらいましょうか」
「てめぇら斬るぞ」
「ねえもう拗ねていいかな?いいよね?」
『もう、ラビったら嘘だって!ラビは愛人ね』
「よっしゃ!!」
「じゃあラビの明日の学食はタバスコと唐辛子一升ですね」
「じゃあ俺くさや持ってくる」
「なんでユウん家にそんなのあるんさ」
こうやって毎日は閃光のように瞬き消えてゆくのだ。
大人になったら私はどんな私になるのだろう。
何時か大人になったらこんなやりとり全部忘れちゃうのかな。
社会のストレスとやらにもまれてただただ日々を重ねるだけになるのかな。
『そんなの、嫌だぁぁあっ!!』
「どわっ!!なんだよ」
『おっさんの背中を借りようと思って』
神田の背中に思いっきり飛び込めば意外にもしっかり受け止めてくれた。ああ大人になったなあ神田よ。
「でもさなまえ、今は不安だけどさ、いざというとき此処があるじゃん」
「そうですよ、もし路頭に迷ったら僕が嫁に貰ってあげます」
「嫁はお前だろ」
『なに、君たちできてるわけ?』
「そういう意味じゃねえよ!!」
「お前らがそんな関係だったなんて……。
水くさいな、言ってくれれば良かったのにさ」
「違いますって!!嫌です死んでも嫌だ!!
神田がややこしいこと言うからこんなことなってるんでしょう!?」
「はぁっ!?元はと言えばモヤシがなまえを嫁に貰うとか言ったからだろ!」
何時かはこんなアレンと神田の痴話喧嘩(とか言ったら怒るんだろうな)とかラビに悪戯したり出来なくなるんだな。
すぅ、橙を肺いっぱいに吸い込んだ。
この時間を脳裏にしっかりと刻みたい。この瞬間を忘れたくない。
冷たい空気が体に染み込む。しかし不思議と体が一気に熱く火照った。
『……そ、卒業しても、忘れないでね』
「なまえ?」
ラビが私の両頬を大きな手で包んだ。「なんで泣いてるんさ?」初めて気付く、両目いっぱいにこぼれる涙が寒さでぴんと張った頬を伝っていた。
ふたりはずんずんと歩いてゆくどもラビはぐいと私を抱きしめた。きっとこれもプライドの高い私を傷付けないが為。
ああみんな大人になってゆく、私にも君たちに近付ければいいなとひそかに懊悩した。
fin
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