ハッピーバレンタイン


女子は艶聞を嬉々とし囁き合い、男子は意識してそわそわする身を切るような寒さのこの2月。その行事はもちろん、バレンタインだ。

甘いモノはそんなに好きじゃない。いや寧ろ嫌いかもしれない。然し必ずあいつはやって来る。変態が。変態が。

自室を出るときに一旦ドアを薄く開くという確認癖がついてしまった自分が悲しい。

とりあえず変態が居ないことを確認し、食堂へ向かっているといきなり後ろから抱きつかれた。



『ユウたーんっ』

「どわっ!!」



振り返って確認する程も無いのだ。やはりあの変態なのだ。



『歯が折れるくらい硬いのとやわらかすぎてぶよぶよなのどっちが好きです?』

「は?」

『チョコ的な意味で』

「どんな危険物を持ち込むつもりだよ」



どうもうまく作れないんですよねー、と嘆く変態を慰める程俺の許容範囲は広くない。寧ろお猪口に乗るくらいしか無い。

なまえは暫時嘆いていたがふ、とその病みオーラを蹴散らしきらきらと瞳を輝かせた。



『そうだよ!!プレゼントはあ・た……ぐふぉっ!!』



とりあえず鼻の下をのばす変態に一喝落とした。
痛い!と涙目になってしまったので思わず一瞬心配したら俺の胸に顔を埋めくんくんと匂いを嗅ぎだしやがった!



「どわっ!な、何してンだよ馬鹿!!」

『ほう…ユウたんのかほり、ああ癒される……』

「もう一回殴ってやろうか」

『そんなことしたらチョコあげませんよ?』

「…………」

『ほぅら、私の手作りチョコ欲しいくせに』



……面倒くせえ。
ピキピキと表情筋がひくつくのが自分でも分かる。
うっかり右手が六幻に添えられているのに気付く。多分この変態に惚れて無かったら確実に今斬っていたかもしれない。否、斬ってたな。
ふうと溜め息ひとつ、俺は適当に相槌をうった。



『なんですか流すんですか。
こないだうっかり六幻足の甲に落として死ぬ程びっくりしてたこと言いふらしますよ』



なんなんだよ腹立つ!!
もう今度は理性制御しなくてもいいんじゃないか?なんてうっかり甘い考えがよぎり抜刀しかけたとき、なまえが作業着のポケットをごそごそ探り出した。



『そんな大好きなユウに、これどうぞっ』

「は……?」



恥ずかしながらなまえが紡いだ『大好き』と初めての呼び捨てにうっかり反応してしまった。切腹でもしたほうがいいのかもしれないな、俺。

然し彼女はそんなこと知る由も無く苺色のラッピングされた包みを寄越した。
恐らく自主制作したのであろうその包み方は意外にも上手だった。(なんかムカつく)
作業着で汚れている筈の彼女はいつもは御侠なのに今その微笑みは艶麗で俺は思わず見とれてしまった。



『えへへ、早く開けて?』

「え!……あ、ああ」



しゅるりとその丁寧に結ばれた細いリボンをほどけばハートや星のクッキーが10個ほどくるまれていた。



『ハートがユウたんにで、星がアレンさんあげるつもりだったモノです』

「なんでだよ」



なんでモヤシが一緒に同封されてンだよ。ねェよ。ひとつもやらんからな。全部食ってやる。



『あっ、ダーリン冗談なのに妬いてるんですかっ!?
かーわーいーっ!!』

「あんま調子乗ってたら殺すぞ」

『あれ、否定しないんですか?』

「黙れ」



ちゅ、と軽いリップ音をたててキスを落とす。なまえは小さく驚嘆の声を漏らした。



「食っていいか」

『わ、わわ私をっ!?』

「菓子をだよ!!」



何処までポジティブシンキングなんだ変態よ。本当に襲うぞ馬鹿。
何の気無しにひょいとハート形のクッキーを摘めばなまえの手が俺のその手を止めた。



「な、なんだよ」

『あのね、それふたりのときに食べて?』

「なんでだ?」



またどうせ変態の妄想世界に引き込まれるのだろうと適当に流し口に放り込めば、なまえが小さく『あっ』と叫んだ。



「なんだよ、駄目だったのか?」

『いえ別に!』



ふわりと上品な甘さが口に広がる。(意外にも美味しくてムカつく。)
チョコはあんなにも苦労してた(らしい)のにな、なんてゆっくり考える。



「お前も食うか?」

『いえ、ふたりもそんなことになったら収拾がつかなくなるんで』

「…………て、てめえ何盛った?」

『こないだ完成した媚薬です』

「もういい、なるようになれ。襲ってやる。
お前が望んだんだからな」

『ちょ、嘘です!本当に入れてないから!』



もう知らねえ、聞こえねえ。





ハッピーバレンタン!


バレンタインはチョコも要らないクッキーも要らない。
お前が、欲しい。



fin