黒光りに翻弄
教団中に、悲鳴が響き渡った。
『で、でた……』と小さく震える少女の名はなまえ。
悲鳴に呼ばれ駆け付けると彼女は廊下にへたり込み、指差した。
何かと思い震える矢印の先に目を向ければ。
『…ご、ゴキブリ……』
「は?」
発狂し叫んで廊下をのたうちまわる彼女にものすごい温度差を感じる。
何をそんな虫如きでこの世の終わりのような反応なのかわからない。
この青い地球創造時から存在し、その黒光りするフォルムすら変えずのうのうと高い生命力で這いつくばる尊敬せざるをえない先輩だというのに。
確かに僕だって好んで「先輩!今日の触角良い感じですねっ」なんてゴマをする程尊敬するわけでは無いし、いや寧ろ同じこの空間を共有したくないというのが本音だ。
『アレン……やっつけてよぅ』
「嫌です、体液的な意味で」
『うわあああ歩いてるよー!!』
「そりゃ先輩ですし」
『なに、ゴキブリ部の後輩かなにか?』
いやいやそんなわざわざ嫌われる為にあるような部活に僕が好き好んで入部するわけないでしょう。
『ゴキ部のアレンくん、先輩の屍を超えて強くなっておくれ』
「なにちゃっかり短縮してるんですか、なまえごと殺ってしまいましょうか」
『先輩の侮辱がそんなに辛いのかい少年よ』
ああ腹立つ!!
ゴキブリが居る所に顔面叩きつけてやろうか。
すると先輩は僕の気持ちを汲んでか知らずか畳み込んでいた羽を広げ、なまえの顔面目掛けて特攻。
ぶーん!という不快な音と共に長い触角をなびかせる。
『うぎゃぁぁああ!!!』
「どこのホラーですか」
なまえは雄叫びを上げながらブリッジして回避した。
残念そうに向かいの壁に着地した先輩は先程と同じ静寂を取り戻す。
それにしても咄嗟に避けるときにしりもちついたり、「きゃっ」とか可愛らしい悲鳴なら良いものの咄嗟のブリッジは一般的にどうなんだろう。
「ゴキブリは目を狙って飛んでくるというのは本当だったんですか。流石先輩」
『感心してる場合じゃないよ!!死ぬかと思った』
「僕は笑い死ぬかと思った」
『じゃあ死ね!
あー腰痛い』
彼女は日頃からどんな鍛練を受けているのだろうか。もしAKUMAに攻撃されたらやはりブリッジで回避するのだろうか。ぜったい一緒に任務行きたくない。笑い死ぬ。
『アレンお願い、倒してよ』
「なんでもするならいいですよ」
『なんでもしますからお願いします』
「じゃあ」
要らなそうな資料の束を丸めて腕を振り上げた瞬間、
『待って』
ぎゅうと腕に抱きつかれた。
驚愕のあまり資料が足下にばらばらにこぼれ落ちる。
『……やっぱり可哀想だから、外に還そうよ』
「また此処に帰ってくるかもしれませんよ?」
『その時はまた還したらいいよ』
先程は咄嗟のブリッジをしてまで嫌がっていたというのに、にこりとその女神のような優しい艶然を此方へ向けるので思わずみとれてしまった。
不覚にも一瞬美しいと感じてしまった自分を大いに恥じたいと思う。
「なんでそんな優しいんですか?」
『いや、体液的な意味で』
僕のときめきを返せ。
fin
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