どこが好きかわからない
正直言えば俺はうっかりあいつに惚れてしまった。
何処が良いのかは自分ではわからない。あんな変態が。変態が。
今日は非番。だからこそ怖いのだ、変態は総合管理班。一通り掃除が終わり暇になれば必ず俺の部屋に来る。
何をしでかすかわからない変態の寄行は想像するだけで俺の気を滅入らせた。
かちゃり、自室を出れば俺は思わず情けない声が漏れる。
例の変態がバケツ片手に廊下の掃除をしている。
『あーっユウたん久しぶりですねー、デート行きましょう』
「死ね」
『ハニーが居ない生活なんてぜったい考えられないですよー?』
「いいから死ね」
ダーリンったら照れ屋さん、などと寝言を抜かしてやがるが残念ながらこんの変態が俺の想い人だ。
『ユウたーん』
「おいお前、まずそれを止めろ」
『私のことはハニーで良いですよ』
「阿呆か」
『誓いのちっすは?』
「黙れ」
飛んできた投げキッスをデコピンで明後日へ飛ばせば廊下の壁に当たり、かきんという涼やかな音と共に跳ね返って窓ガラスを割った。固すぎるだろオイ。
「なんでこんなに硬質なんだよ」
『愛故ですよー?』
「殺傷能力有るだろ」
なんという殺戮兵器だよ、そんな物騒なモノ俺に投げるんじゃねえよ。
『作業着から着替えたらユウたんの部屋に行くんで、部屋綺麗にしといて下さいねー。
とくにベッド…うふー』
「変態が」
出来ていないウインクを此方へ寄越したがなんとか避けた。あんな核兵器当たったら死ぬ。
はあ、と溜め息をついて項垂れると、何か違和感がある。
廊下を見やると疎らに濡れていた。よく見れば、
「おい、ちゃんと最後まで拭いてから帰れ」
『あぁ、バレちゃいました?
ユウたんへ私からの愛のこ、く、は、く!』
廊下に大きく書かれる、「I love ユウ!!」の文字。
しかも何気に道路標識のように遠近感とか出して立ったままで読めるようにしてあるじゃねぇか。暇人か。阿呆か。
「お前こういうのだけは得意なんだな。死ね」
『ユウたんに褒められました!!』
「褒めてねえよ」
作業着でばっちいですが抱き着いていいですか?と訊く彼女に返事を寄越さずにいれば、おどおどとゆっくり此方にやって来たがなかなか来ようとしない。
すると彼女がふとしょんぼりと眉根を下げた顔を向けた。
『……やっぱり私汚いから美しいユウたんに触れません、天罰が下る!!』
ひぃ!神の制裁が下る!死ぬ!と慌てふためくなまえの頬を軽くつねってやる。
いひゃいいひゃいと本気で痛いのか涙目になる彼女の両頬をホールドし瞳をとらえた。
「そんなことをいうお前に俺が制裁をくらわしてやるよ」
『ひい!お命だけはお助けを』
暴れるなまえをぐっと此方へ引き寄せる。もう何処にも逃げないように、強く。強く。
お前はいつもそうだ、俺のことを好きだ好きだと言うくせして俺が近付けば逃げる。そういうところがムカつくんだよ。
しかし彼女は俺の心を知るよしも無く、激しく動揺し頬を真っ赤に染めていた。
『かかか神田さん!!わた、私汚いから!臭いし!総合管理班なんてファインダーの皆さんも馬鹿にするような下々の者だし……』
「うるせ」
要らない言葉を紡ぐその血色の良い唇を塞ぐ。
言葉なんて今はいらねえよ。
そっと唇を離せば、意外にも変態は恥じらう乙女の如く真っ赤にし、所在なさげに目線をゆらゆら。
そしてさっきなまえが言った言葉を思い出した。
「……誰だよそのファインダー。俺が斬ってやるよ」
『や、やめてくださいよ。偉大なファインダーさんが』
「俺よりも、か?」
『……そ、それはー…違いますけ、ど』
「じゃあ俺の言うことを訊け」
『ダーリンったら束縛が強いんだから』
「黙れ」
『でもその前にお願いがあるんですけどもー…』
なんだ、と訊かれる前にぷちりとこめかみの毛を抜かれた。
「いって!!」
『この髪さえ手に入れば、媚薬の完成ですよー。ちっすの夢は叶ったんですがね。まあこれは科学班の方に教えてもらったんですよね』
「何する気だよ」
『何って……うふふん、ナニですよ』
うっかりさっき割れた窓ガラスから投げてやろうかと思った。
fin
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