熟れた果実の悪戯
……ばちり。
さっきから何度もあいつと目が合う。あいつは恥ずかしいのか直ぐにふいと反らすがまた目が合うのだ。
これは確実に俺を好いてるに違いない!
まあ俺は容姿端麗、才色兼備、神は二物を与えずとはよく言ったものだと思える程に恵まれた才能を持ち合わせている。
然しそれ故無駄にプライドが高いのと、高嶺の花のように思われ誰も近づいては来ないのだ。
何時死ぬかの分からないこの人生に、「童貞」を何時までも後生大事に持っておく必要など無い!寧ろ行きずりの女を使ってでも捨ててしまいたい。
……然しそんな下郎がするような品の無いことは決してしない。
それに、今、確実に、そのタイミングが、来ているというのに!!
あの科学班の女は確実に俺のことが好きだ。現にこうして何度も視線が、あいつの愛光線が、ぶつかっている。
歳上の女も嫌いでは無い、熟れた果実程危険で甘美な味がする(だろう)から。
ふんと口角を上げると女がかつかつと高いヒールを鳴らし此方へやって来た。
『神田くん、来週の任務の資料。これ』
「ああ」
こういう業務連絡を言い訳にしてまで俺にお近づきになりたいだなんて本当可愛い所もあるじゃないか。
「まだ言うことはねえのか?」
『えぇ?もう無いですよ。
……あ、神田くんはなんでそんなに任務が好きなの?』
「なんでだ?」
そんな事言って。本当は俺に好きって言って欲しいんだろ、正直になれよ。
『いや、さっきからずっと此方を見てるから』
お前が嫌という程俺にラブビームを送るからだろ。
歳上女はそこそこの経験故プライドの高い生き物だ。
「はっきり言えよ」
『いやはっきり言ってますよ』
「俺のこと好きなんだろ?」
『なにそのオチの無い笑い話』
またそうやってはぐらかすだろ。然し俺はちゃんと解ってるからな。
「今度出掛けよう。デートだ」
『聞いてました?今の話』
「水族館へ行こう」
『水槽で溺死してください』
「じゃあ明日だからな」
『そのとき補聴器プレゼントしてあげます』
なんだよ初デートにプレゼントって。あいつ相当楽しみにしてるじゃねえか。
やっぱり素直になれないだけじゃねえか。
「ぜったいだからな」
『ああはいもう好きにして下さい』
す、好きにして……だ、と?
なんだよそんな言い種はエロ本で良く見る、秘め事許可の証じゃあねえか。
そんなに溜まってたのか。性処理もこれからはひとりじゃなくて俺が嫌という程してやるからな。
俺は明日のプランに想いを馳せながらも、相当激しくなるだろう今宵の体力も考慮し早めに就寝した。
「おはよう、迎えに来たぞ」
『随分早いですね、おはようございます』
恋人(になる予定)の自室の扉をノックすれば、まだ寝具のままの眠そうな彼女が目を擦り出てきた。
『プレゼント予想外に高くて買えませんでした』
「全然構わない」
プレゼント用意出来なかったのか。いやしかし頑張ってくれてたとは。可愛いな。まあ俺はお前に逢えただけで既に嬉しいから安心しろ。
『とりあえず用意するね。なんか帰ってくれなそうですし』
「ああ、入るぞ」
『いや用意するって言いましたよね?着替えるからちょっと退室してください』
「いや俺は全然構わない」
『私は全然構いますから』
なんだよ夜は結局そういうことになるんだから別にいいじゃないか。
ああ、これはフライングになるのか!なまえは雰囲気を尊重する女なのか。よし承知した。
「分かった、じゃあ外で待ってるから早くしろよ」
『もうこのまま引きこもりたいけどなんかその君の腰に刺さってる物騒なものが怖いから急ぐね』
なんだよそんな言い訳ばかりしなくても素直に「早くデートしたいから急ぐね」って言えよ。まあそんな面倒な所も嫌いじゃねえけどな。
彼女の自室の扉の隣に座り込み膝に顔を埋める。
耳をすませばごそごそと慌てる彼女の物音と、暫時の沈黙の後にがしゃん!という大きな音が聞こえてきた。
するとだんだんと恋人の足音が大きくなりばたん!と勢い良く開かれ、
『神田くん!グラス割っちゃった、掃除手伝って?』
「な!!……仕方ねえな」
本当に歳上なのにしっかりして無くてドジで可愛いな。流石俺の彼女(予定)。
しかしその妙に落ち着いた色の瞳がとても魅力的だ。
それとも何か、俺をわざと部屋に入れる口実とかか?
それなら良いなと思いながら部屋に入ると予想外の汚さに驚愕した!
『ごめんねー汚くて』
「……あ、いや全然」
名も分からない銘柄のワインの瓶が至るところにごろごろと転がっている。隅には山のように積まれた本と資料。
なまえの慣れない甘い香水の香り?が鼻腔に逃げた。
これなんだけど、と指差す破片よりこの部屋の異常さに俺は頭がくらくらした。
大人の女の部屋とは初めて入ったがこんなものなんだろうか。
『危ないけど気をつけて片付けてくれない?』
「あ、ああ。
……!!」
ふとなまえを見やると素肌にシャツを引っ掛け、ボタンをきちんと止めていないものだからちらりと下着がみ、見える!!くくく黒の水玉か!!
しかし此処で動揺すれば完全に童貞とバレるだろう、俺は平静を装い飄々と(出来ているだろうか?)割れたグラスを片付けた。
しかし背中は変な汗でいっぱいだし、なまえのはだけたシャツから覗かせる谷間が視界に入って俺の理性がときたま途切れる。
『ごめんね神田くん』
「いや別に全然構わない」
……んだが、は、早く服を着てくれ、頼むから。それは童貞にはあまりにも殺傷能力が高すぎる。
しかも俺も健全な思春期真っ只中の男子。分かるだろ、この時期なら一般男子なら平均して1日3回だけにとどまらず暇有らば常に性処理に励んでいるだろう。つまりは若さを有り余らせているという訳であるからして、俺は普段任務に勤しんでいるものだからそういうことをする時間が無い。つまるところ、童貞だから溜まってるんだよ!!
『どうしたの神田くん?顔真っ赤だよ?』
「ななななんでもねえよ!!」
……なんていうことは当然口に出せず、俺は割れたグラスの破片と共に叫びたい欲望をゴミ箱へ捨てた。
そっかー、と一言なまえが溢すと急に大人の表情を浮かべた。
あまりに艶っぽいその横顔にどきりとさせられる。
『神田くん、私の何処が好きなの?』
「なっ!!それは、」
何処?何処なのだろうか、俺にはわからない。
彼女の尖ったヒールの足先がこん、と軽い音を立てて倒れた瓶を小突く。
ゆっくりと瓶がはや歩きし山の資料にぶつかった。
『じゃあ神田くん、愛のあるキスって知ってる?』
「!!」
なまえが俺の上に被さり、さっき其処に瓶のあった位置に倒れこんだ。
思わず俺の息子が反応するのを咄嗟に無理矢理抑える。い、痛てえ!
『本当は好きじゃないの?只の体目当て?』
「そ、そんなんじゃ……!」
『ふぅん?』
軽いリップ音と共にキスが落とされた。女の唇とはこんなにやわらかいのか、とその余韻に陶酔する。
『じゃあ今から恋をしよう』
大人とは、恋とはそういうものなのか?
彼女が妖笑を浮かべ息を吹き込めば体中が熱く高騰。
甘い甘い果実がしゃくりと口の中にあふれ甘美な味に溺れる。
ああ、鮮やかな不安と熟れた果実を含む夢が瞳をとらえた。
fin
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