深海へようこそ
※R18表現少しだけ有り





定職につかずぷらぷらしていたのは、ある程度の距離まで仲良くなると誰彼構わずに寝てしまうから。
自分で言うのもなんだが、胸も大きく顔も可愛い私にはこういった環境になってしまうのは致し方のない流れというもんだった。

たまにそのろくでもないだらしなさを怒ってくる人ももちろんいるけど、こういう時は無駄にキレたり抵抗せず、だからといって更正もせずに、ただただ一言も発さずに可愛くにっこりと笑っておく。まるで愛玩人形のように。すると大体の人は諦めて立ち去るのだ。

ある程度兄弟をゆるく繋いでいればどこからともなく噂は流れ落ち、必ずどの環境でも無意味な叱られイベントは発生する。ほら、今も。
今回は談話室でだらだらと興味無い本を捲っているといきなり目の前に仁王立ちされ、はたと顔を上げると団服を身に纏った白髪のエクソシストさんが怒った表情で立っていた。はー、またか。めんどくさいな。

折角タダ同然で気持ち良くしてやったのにどっかの馬鹿な男がどっかでぺちゃくちゃ喋りやがったんだろう。
それをどっかで聞いた彼は大層お高いその正義感を振りかざして、左目がちょっと呪われてる癖に私に向かって懇々とド正論で説教しにきている。

でもさあ、君が一緒に引き連れてきた隣であわあわするその赤髪隻眼の青年、わりと私のリピーターなんだけどね?
まあ彼の尊厳の為にばらさないけど。
これは頭も股もユルい女の、一応の弁えのつもりだ。

あまりにも私がヘラヘラしていて特段怒りも泣きもしなく暖簾に腕押しだからか、彼はぷりぷり怒ったまま「女性なんだからもっと自分の身体を大切にするべきですよ!」と決め台詞のようにビシッと叱る。
横では独り脳内修羅場なのだろう、青い顔をしたまままあまあと窘めるバンダナの彼だけに向かって、白髪クンにバレないようこっそりとわざと挑発して赤い舌をぺろりと魅せた。そして官能的に口パクでそっと伝える「待ってるよ」と。
すると効果てきめんに頬を染めた彼が、刹那だけ野性の男の子の瞳にギラつき、それを荒野の中に煌めくダイヤのように一粒見つけた私はまたその旨味に乗じてただただゾクゾクとして微笑むのだ。まんまと釣れちゃって、ホント可愛い。

愛とも言えぬ生温い中途半端な欲の中で、私はただ身体を委ねてゆらゆらと揺蕩うのだ。








でももう、そろそろ潮時かもしれない。

誰かに会いたくなくて森で座り込んでいるとふと頭に過ぎり、ふーっと長い息を吐いて煙草を燻らす。
まっ知られ過ぎたかもな。
あんな何も知らなさそうな幼気な男の子にまで知られて立派に怒られちゃあ、そろそろ上からのお咎めのカウントダウンもやむ無しだろう。
経験則から言うと、このままどんどん調子に乗って食い散らかしているとタイムリミットがきて不意に後ろから肩を叩かれるのだ。

するといきなり本当にぽんと肩を叩かれたものだから、心臓が激しく鼓動してびくりと大袈裟なくらいに身体が跳ねた。
あーもう、誰?めんどくさいなと一瞬だけ顔を顰めるも、すぐに社交的スマイルを貼り付けて振り返る。
そこに立っていたのは何時ぞやの叱咤エクソシスト君だった。はーもう、また君か。
ちやほやしてくれる男でも無いのになんでわざわざそんなに絡みにくるのかなーこの子。
この世から全ての悪事を消したいなら私の説得より先にやった方がいい事なんて腐るほどあると思わない?盗みや殺人を犯したわけじゃあるまいし。
ましてや相手も喜ぶし、私も嬉しい。金銭も避妊代しか貰ってないから商売でもあるまい。なんなら男の士気も上がってるわけじゃん。女からはえげつないくらい嫌われてるけど。そんなに追い掛けられてまで叱られる筋合い無いと思うけどな。
一気に喉元まで出かかるけど、立つ鳥跡を濁さず。
何も言わずに職を転々としている私は愚痴すら弱みだと思っているから、また莞爾に微笑み無垢なふりをして小首を傾げた。


「どうしたの?またご丁寧に叱りに来てくれたの?」

「そうですよ。君、あれ程言ったのに全然懲りてないじゃないですか」

「迷惑かけてた?ならごめんね」

「そういう話じゃないですよ!僕は君の為を思ってただただ伝えに来てるだけで」

「誰にでも優しいんだね。
見た目だけじゃなくて本当に天使様みたい」


なるべく柔らかい声を出して目を細めた。相手に棘が立たないよう、指先で触れるようにそっと。
そうやってにこやかに褒めそやすと、相手はこれ以上此方を懇々と責めづらくなる。今までだってそれで上手くやって来た。今回もきっと大丈夫。そう思っていた。
しかし相反して彼は


「ふざけないで下さい!
そんな綺麗事じゃない!僕は僕の為に君に注意してるんですよ!!」

「どうして?」

「きっ君が……!
っ他の男に抱かれているのを想像するだけで虫唾が走る程イラつくからです!」

「なにそれ?……ふふ、じゃあヤキモチってこと?」


敢えて指差して真っ赤な頬をゆっくりつんとつつくと、もっと音を立てて紅潮していった顔を恥ずかしいのかぷいと背けてしまった。

なーんだ、思っていたより事はシンプルなのかもしれない。
思わず目の前の純粋な少年と目映い恋路に向けられた好意が胸を撃ち、にやりとだらしなく頬が緩む。

こういうような、何度も逢瀬する内に愛着が湧くのかこちらにガチ恋してしまい束縛してくる男の発生は今までも何度もあった。
ただ一点絶対的に違うのは、この彼とは本当に一度も寝たことがなかったという点。
なのでそんなにひたむきな拙い愛をこんな汚い売女に与えてくれるのか?そしてそもそもそんな美しい気持ちを真っ直ぐに向けられる程、お互い接点も何も無かったから不思議だった。

少し疑問に思ってうーんと懊悩するも、まあ人間の気持ちなんて所詮理論で説明できるもんなんかじゃないんだし、まっいっか。
こんなトンチキ教団に縋る程職にも困ってる訳じゃないし、最後の思い出にこの職場で最も大切にされてる希望とやらのエクソシストの少年を食べてから去っても充分だろう。ここで不満を抱える男達へ安い御奉仕の慈善事業も散々したんだしそのくらいバチも当たらないはず。

割り切った途端今まで考えてたことなんてどうでも良くなり、わざとふっと妖艶に笑みを浮かべたどたとしい彼の方にずいと近付き、ぬるく軽くだけ手袋を嵌めた彼の手に触れる。惜しんでしまうくらい、もっと欲しいと思えるくらいにほんの少しだけ。
それだけでもう目に見えて分かるくらいわたわたと倉皇する彼は可愛いという言葉に収まらないくらいとんでもなく愛おしさが満ち溢れていた。
ふーん、こんな顔するんだなこの子。


「ねえ……いいよ?」

「ウッ……や、いっいいです、誘わないで」

「なんで?だってほら、ここだってこんなんなって辛そうだよ?」


若い男の子。
下半身は従順で、彼の言葉とは関係なくその黒いパンツにはハッキリと形がわかるくらい太く臨戦態勢に勃っていた。経験則から知ってる、こういう可愛い子って意外と大きい子多いんだよね。夜は上手くは無いけど立派なモノを持ってるから好き。
わざと胸を押し当てるようにやわく抱きしめると、声にならない声を上げて驚くももちろん嫌がる素振りもなく、なんなら触れ合った所へ彼がぴんと拙く神経を集中しているのがよく分かる。
そのまま包み込むようにその膨れ上がったモノを撫で上げると、少年は大袈裟に腰をビクつかせて震えた。可愛い。このまま食べちゃいたいくらいに。
大きくなったモノの裏筋を下からつーっと悪戯に指先で辿りゆき、ぶつかった尖る先を親指でぐりぐりと弄れば、彼はハーッと我慢しきれずに熱い吐息が噛み締めた奥歯の隙間から漏れ出た。
気持ち良さで顔を歪めて片息で荒くなった興奮に、彼の銀灰の瞳が揺らいでいるのが手に取るように分かる。愛おしい。きっとあと少しで落ちるはず。ほら、もっと欲しいでしょう?快楽を。
扇情的になぞらえては寸止めで虐める。
こんな若い男の子、絶対落とせるに決まってる。


「クッ……我慢、出来なくなるから……ッ」

「全部私の中に出していいんだよ?楽になろうよ?」


するとパッと手首を掴まれて引き剥がされると、白髪の彼は突然覚悟を決めたように此方に赤いままの顔を上げたかと思いきや、静かな森にたった2人きりだと言うのにこんな近距離で耳がキンとするくらいの大声を腹の底から出した。


「ぼっ僕は他の男と一緒になりたくないんです!!
き……君の特別な人になりたいから!」

「は?」

「だからこういう事、もうしないでください……本当に大切な人とだけ……」


まじかあ。面倒だな。
君なんて、もうパンツすらも貫通するほど濡れてビクついて我慢汁もたらたらじゃん。ここで止めれるなんて僧侶かよ。
こんな官能的な雰囲気わざわざ作ってあげたのに、まーだ今更そんな事言ってくるのか。
なんなんだ?もはやお母さんかよ。純愛もここまでくるとダルいな。いやそんな綺麗な恋愛した事ないけど。

段々ともう面倒になってきて、にこやかないい女の面を外してふっと顔の力を抜くと、ぱっと彼から1歩後退りして離れて乱雑に腰を下ろした。散々私を拒否した癖に、ひやりと驚いた後になんだか幼く見える彼の寂しそうな顔。
今頃そんな顔されても。私に落ちないならもういいのだ。
熱しやすく冷めやすい私は、うしろ髪ひかれるとかそういう言葉は辞書にない。手に入らなければ次に行けばいいだけの話。
欲しい物全てが手に入るこの世界には、有り余るほど他の男がいるんだから。

ポケットから細い煙草を取り出して黄金のライターで火を着けると、我慢してた分まで肺の奥いっぱいに煙を吸い込んだ。
少しがっかりした瞳が頬に突き刺さってるのが分かる。
女に沢山願望抱いて夢見てるんだね、少年。
さっき声掛けて来た時は気付いてなかったんだ。そんなに真っ直ぐ惚れた私が煙草なんか吸ってて残念だった?
嫌味ばかり次々と頭に浮かぶも、そんな事すらチクチクと吐き出すのもだるくてなあなあに声を紡ぐ。


「ねえ君、名前はなんて言うの?」

「えっ?アレン、です」

「へー、いい名前だね。
じゃあアレン、私に散々お綺麗な注意してくれるけどさ、私の事を飼う色んな男達もみんな同罪だと思わない?」

「思います。だから、」


アレンがにっこりと微笑むと、とすんと草を掻き分けて隣に腰を下ろした。
本音で言えばもっと気の弱くて言い返しも出来ないような腰抜け少年だと思っていたのに、突き放した態度を諸共せずに予想よりも私に触れそうなくらい近くに座られたものだから内心ちょっと驚くも、舐められないように表情は崩さず奇妙に細められたその銀灰の瞳を見詰め返す。


「一応全員にお礼参りには行きましたよ。
ファインダー46人、君の同僚の総合班27人、事務員15人、他エクソシスト数名……。
それと君、結構な上層部にまで手を出してたんですね。随分と怖いもの知らずだ」

「…………えっ」


えっ何?怖い。
数なんて数えてないけど、ひたすらぽかんとしていると「しらばっくれるなら名前を言ってけばいいですか?」とアレンはその細長い指を折りながら聞き馴染みある名前を次々と並べてゆく。全員身体を重ねたことのある男だ。適当に言ってるわけじゃないと私だけがすぐにわかる。間違えることなく正確に名前を並べられる度に、ぼんやりとした男達の顔が曖昧に浮かんでは消える。その中に隻眼の彼もいた。ビンゴだった。

なんなんだこの執念。というかこんなあどけない無垢な顔して、ここまでどうやって調べ抜いた?お礼参りって一体何したんだ?

楽しそうにまだ優しい声で名前を言い続けるアレンに、さっきまで子犬と遊ぶような感覚だったのに途端に彼から真っ暗な底無しの闇を感じて、ぶるぶると本能的に震え上がる。私一体なに間違ってた?いや違う、今はとにかく逃げなきゃ。


「ああそうだ、君は前職もその前も同じタイミングで離職してるから、今回もそろそろ辞めようと思ってますよね?させませんよ。
言っときますが僕が持ってる秘密は君の命さえも揺るがせる」

「どこまで知って……というかなに……なにするつもり……?」

「今まで勤めていた所みたいな、教団はそんな温い会社なんかじゃないですよ。
聖戦に勝つ為に命を賭けれる者ばかり集まってるんですから。
逆をいえば、命の秤はここでは均衡が崩れてるってことです」

「あ、アレン……なにが目的?なんで……?」

「僕はただ、君が好きなだけです。ねえなまえ」


ふっと零す柔らかい微笑みは、陽だまりに消え入りそうなくらい儚くて本当に天使のようだった。

ただ、そんな純真な言葉がいまはまるで喉元にひやりと刃を宛てがわれているかのようなどうしようも無い恐ろしさに、止まらない冷や汗が額から伝っていく。
こんなただの年相応な顔した世間知らずの綺麗な箱入り少年だと思ってたのに、私なんかよりずっと彼は浮世から逸脱しているようだ。
暗い、普通というレールを真っ当に生きてたら知りもしない世界を。そうじゃなきゃこんなに短期間に調べ抜けるわけが無い。なんなら私の出生や生い立ちまでも既に全部見抜いてるのだろう。
目の前でニコニコとしているこの愛らしい笑顔が、いまはただただ怖くて仕方ない。


ああ、報いがやって来た。私もとうとう潮時らしい。
彼の手中に見事に陥落してしまったようだ。
すっと紳士に差し伸べられた掌へそっと手を乗せると、かなり強い力でぎゅっと握られて思わず痛みで顔が歪む。
それを穴が空くほど目の前で此方をじっとりと見つめていたアレンは心底嬉しそうに、さぞ恍惚とした瞳を細めるとガタガタと怯える私を一気に引き上げた。