苦しいんなら全部貰ってやる

「離れて」

「あ?なんでだよ」



頬を林檎にして俯く女は軽く3日前までは病床についていたばかりだ。今回の風邪はかなり移りやすいからなんて理由でずっと自ら進んで俺たちから隔離して、見舞いすら全部断られた。くそっ馬鹿が、斬るぞ。
何時もなら暑苦しいくらいの距離も、鬱陶しいくらい繋いだままの手も、今日は何もかもすっからかん。
けほ、と俺が居ない方向を向いて控え目に何度も咳を苦しそうに繰り返す。それもひっきりなしにするものだからずっと女はこっちを見もしやがらない。

んだよそれ。
さっきから面くらい見せろっつってんのに女は馬鹿みてェに「移るから」と復唱しやがって。聞いてんのか。



「…なあ、」

「なあに?」

「せめてこっち向け」

「だめ」

「じゃあ手貸せ」

「だからだめ」

「…………」

「ほら、あんま近づかないで。移るよ」



何時もはあんなに嫌がるのに、どうしたの?なんて女はころころ笑う。

誰が嫌がった?お前があんま恥ずかしいことばっかするからこっちがなんか照れ臭くなるだけだろ!?

なんだか肩透かしをくらった気分だ。何時もの悪戯も小さい肩も指先も唇も、ふにゃっと笑う笑顔も。足りない足りない、何もかも。



「おい、」

「もうだからだめだっ……ん!」



女が口を開いた途端に唇を塞いだ。驚きに瞳を丸くする女と近距離でぱちんと目が合うも、直ぐに恥ずかしそうにぎゅっと瞑られた。
はあっ、と苦しそうに絶え絶え喘ぐ呼吸も、腕に縋って徐々に力無く滑り落ちる手のひらも、やわらかくてどうにかなりそうな熱い唇も、まだまだ足りそうにない。

女は抜けた僅かな力でとんとんと何度も俺の肩を叩いたが、あんなに近くでお預けなんつう生殺しをされた鬱憤がまだ晴れない為、素直に訊かずにもう少し苛めてやることにした。



「っ、ゆ、」

「馬鹿、まだだ」



女にまた反抗を紡がれる前に熱い口内に舌を入れた。くちゅ、やらしい水音と共に見つけ出した女のとろける舌を強引に絡める。
風邪をひいた女の微熱が温かくって心地良い。

ちゅ、ちゅ、何度も絶え間なく唇を啄むように重ねてやれば女も少し応えるように首を傾けて求めた。
溢れるように愛しさが込み上げ女を抱く腕の力をなるべく優しく強めた。全く、最後まで歯止めが効かなくなったらどうすんだよ。

しかしまだ病み上がりの女の体力も配慮し、底からふつふつとかかり出した情欲を無理矢理しまい込んで、仕方なく真っ赤な唇に自由を返してやる。今回だけだからな、次は覚えとけ。

女は肩で息をしてさっきのキスで足らなくなった酸素を渇望していた。染め上げた頬を膨らましてキッと睨まれるもまるで迫力が無い、なんだかそれすらも愛おしくて俺は思わずはっと軽く笑ってしまった。



「はぁ、なに笑ってんの、馬鹿、ユウの馬鹿、」

「うるせェ」

「移っても知らないんだからね」

「別に構わねーよ。お前のなら風邪でもなんでも貰ってやる」

「!」



だから俺から離れるな、んな馬鹿みたいなしょうもない理由でそんなことするんじゃねーよ。



すっげ照れ臭いから女にだけ聞こえるように耳打ちしてやれば女はほわり、頬を上気させまたへにゃっとはにかんだ笑顔を浮かべて小さな手を差し出した。そのままひとつずつ確かめるように指を絡めてやる。まだまだ枯渇している女に触れて、繰り返し咳き込んで潤んだほんの少し赤い双眸がこちらを映すまで見詰める。
ぱち、長い睫毛が上に持ち上がった。

チッ、やっとこっち向いたな、







←back