林檎中毒

籠もった熱が逃げ場を失って部屋で澱む。カーテンを揺らす風は何時までも温く熱を連れ出さないものだから肌にうっすらと汗が滲んだ。
もう夏は終わったというのに突き刺す太陽の余韻を蒼穹は忘れられないでいるように、入道雲も置いてけぼりのまま。

暑い。兎に角暑い。
扇風機が掻き回せども下がらない温度は天候の所為か、はたまた絡めた指先の所為か。

ぶん、と一丁前に音のみかき鳴らす扇風機がこいつのひらひらした薄いワンピースを揺らす。こんなに太陽は勤勉だったというのにか細い脚は透き通るように白く、思わずごくりと喉が鳴った。
くらっとさせるような白い太腿に、一瞬迷ったが踊る裾をひっ掴んでぴんと伸ばし隠せど、離せばまたひらりと扇情的に嘲るように揺れた。
しかも全然気付かない。全く持って無頓着。こんなんじゃ何時襲われても可笑しくないぞ馬鹿が。



「いいよ、別に放ってても」

「お前何時もそんなんなのかよ」

「そんなこと無いけど。今はユウとふたり、……だし、さ」



小さな両手を振ってしどろもどろに言葉を濁す横顔が余りに愛しくて魅入ってしまった。


まさか、これ自覚してるのか?

だったら相当な策士だ。しかし嵌った俺も俺だが。
まあ据え膳食わぬは男の恥、なんて今この状況で如何にも都合良い語彙を引っ張り出して、俺は彼女の腰を引き寄せた。
顔をあげて自然と上目遣いになった丸くしたきらきらしい双眸が俺を映す。



「誘ってんのか?」

「ええっ!ち、ちがっ」



慌てふためいて否定する頬を右手で掴んでゆっくりと距離を奪ってゆく。だんだんと唇がぶつかるような近さまでにじり寄ってやれば、恐る恐る小さな膨らんだ唇が待ちわびる姿がもうどうしようもないくらい可愛くて、まるで子犬みてえに小刻みに震えながら長い睫毛を降ろすものだから、不覚にも笑ってしまった。
すると不信に思ったのだろうまたうっすらと大きな瞳を開き、こちらを見たや否や吃驚したように赤くし、その染めた頬袋いっぱいに空気を孕んだ。



「っわあ、もう!ユウがややこしいことするからわ、私……!」

「すまねェ、お前があんま可愛いから」

「ば、馬鹿っ」

「ほら、目瞑れ」



疑り深く何度もちらちらとこちらを窺いながらそっと瞼を降ろす。不安からなのか俺の服の裾を握り込んで戸惑っている姿もなんだか酷く愛しくて、また加虐心がじりじり駆られども今度はむくれてしまうだろうから止めておく。
少し俯く顎を掬いあげ、白くやわらかい頬を両手で包んでやり、今度は直ぐに紅蓮の唇を塞いだ。そこからじんわりと心が体温を持ったかのように幸福感が広がる。
少し身を捩って俺の首に腕を回すその小さな身体も愛おしく、失うなんかもう考えるだけでも、なんつうか、どうしようもないくらいにゾッとするから壊れない程度に腕の力を強めた。どうやら俺は相当な中毒に陥っているらしい。
身動ぎする度、うなじからくらりとするような甘い香りが俺の微かな理性すら確実に溶かしてゆく。

ちゅ、と小さなリップ音を立ててそっと離れればそのまま長い睫毛を下げて控え目に俯いてしまった。流れる髪の隙間から熟れた林檎のように染めた頬がちらと見える。
そして辿々しい指が俺の手に乗っかりそのまま指を絡めた。ああ、最初とおんなじだ。


なんつう愛しさだろうか。
やっぱり策士なんじゃねえのか、と一瞬よぎってしまうほど無垢な振りして俺を誘惑するだろ?



「なあ、」

少ない言葉じゃ伝えられないくらい横溢するこれはどうしたら良いんだ。


まだ赤く染めたまんまの熟れた、アダムとイヴが魅了されたくそ甘そうな林檎にそっと噛じり付くように、美味そうな頬にキスを落とした。







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