在る聖女の視点として

この1ヶ月で、目的と手段をどちらが先かすっかり見誤ってしまった私は、神田さんを見るために入団したというのに気付けばダズをボコボコに倒す為に強い神田さんに手合わせして指導して頂きたい一心でひたすら鍛錬に打ち込んでいた。

毎朝日が昇る度に身体を起こすとあちこちから悲鳴が上がるし、見ていられないのか目をかけてくれるファインダーの方と組手してもらうも相手にすらならずぼろ負けだし、体力だけが自慢で実力の無さ故に苦労に苦労を重ねていた。
しかし監視の時間内はそういう訳にも行かず、せめてもの意趣返しとして彼がこちらから視界を外す度に毎回思っくそ禍々しい殺意を込めた視線をその後頭部に突き刺していた。
まあ無神経だからかはたまた図体がデカい所為なのか鈍くて全く気付かれたことも無かったのだが。
まあ自分の考えが浅すぎたのだが教団は想像していたよりも男性の比率が高くて、こういう力比べになると勝てないことが多い。
ダズもそれを分かってわざと力の差を見せつけてくるような手合わせのやり方でこちらにけしかけてくるのがイチイチ癪に障った。しかし一度も周りに助けを求めたりしなかったのは最後の抵抗だった。時が来たら満を持して私がぶちのめすから良いのだ。


やっと休憩に入りトイレとか適当に理由をつけてダズを巻いてからそそくさと食堂へ戻る。
ジュリーさんにB定食を注文して席に着き、やり場のない怒りを箸に乗せて咀嚼していると、カタンとお盆を置かれて隣にふっと誰かが座った。
顔を上げるとにこやかに微笑む可愛いリナリーが「隣良い?」と耳に髪を掛けながら小首を傾げている。
その途端に胃に持たれた黒い蟠りがスっと浄化する感覚で私も思わず頬がゆるんだ。さっきまで味もしなかった昼食がすごく美味しい。


「ねえなまえ、まだ慣れてないからって切羽詰まってない?頑張り過ぎよ」

「ありがとう、リナリーはいつも可愛いね!癒しだ……」

「まって会話になって無いわ」


呆れた顔で溜息をつく美しい横顔の彼女を見つめながらする食事は最高だ。みんなに自慢して回りたい、みて!可愛い子と昼食とってますよ!て大きな声で言って回りたい。
するとリナリーがピシャリと「それはやめて」と笑顔のまま有無を言わさない迫力で言われてしまった。どうやら自分の心の声が漏れていたらしい。

少し離れた席では今日も蕎麦を注文したらしくひとりで神田さんは食事をとられていた。ということはあの元気満タンドリンクがついてるのか……と戦々恐々する私の視線に気付くはずもなく淡々と箸を運んでいる。

あれから1度も話し掛けたりはしていないが、鍛錬場で一等目立つ彼の姿は何度も眼窩に収めることは出来た。遠くから見ることしか出来なかったが、細くしなやかな身体で組手されているどんな体格の相手にも次々と一瞬で素早く的確に攻撃を入れる、絶対的な強さがそこにはあった。
これは昨日今日の付け焼き刃でなんとかなるはずが無いなんて、鍛錬をすればするほどそれがまざまざと理解せざるを得なかった。


隣で食事していたリナリーは心配なのか、ムッと考え込んで真剣な面持ちをするなまえの顔を覗き込みながら1番尋ねたかったのだろう事を言い憚りながら伝えた。


「……ねえなまえ、最近嫌なこととか誰かにされたりしてない?ほら例えば、ダズとか」

「えっ!!な、なんで……?」

「ちょっと見てられないというか……。
なんなら私が黒い靴(ダークブーツ)で1発お見舞いしてあげたいくらいなんだけど」

「だ、大丈夫だよ!自分でなんとかするから!」


綺麗な可愛いリナリーがわざわざあんな奴の為に手を汚す必要も無いしそんなの申し訳なさ過ぎる。

しかしやはり傍から見てもおかしいのだと確信して少し救われた気持ちになり、思わず安堵の涙がこぼれそうになるのをぐっと堪えた。
リナリーはなまえの初めてみる弱々しい表情に驚きはっとしてポケットから花柄のハンカチを取り出すとすぐ様手渡してなまえの背中を優しくさすった。


「ほんとに?」

「ほんと!ちょっとそんな優しくされたら惚れちゃいますって!」


冗談交じりに笑いながら繕い、終えた食事の配膳を片付けにゆく。
彼女にこれ以上不要な心配をさせたくなかった。
大したことじゃない、今はひたすら練り上げた呪いを貯めに貯める時なのだから。

























彼女はニコニコとしているが、虚勢を張ってでも頑張りすぎる所があるとリナリーは最近気付いた。

最初は、誰が見ても可愛い顔をしていて小柄で守ってあげたくなるような容姿なのに、いつもそんな事無頓着で真顔で冗談を言う面白い子だと思っていた。
だんだん過ごしているうちに、嫌なことも押し黙る根性のあり過ぎる努力家なのだろうと気付いた。それがふと彼女に翳り垣間見えたとき、心から怖いとさえ思った。
今はホームの中だから怪我も少ないだろうが、任務となればそれは時に仇となる。
ファインダーという危険な職業上、無茶をすれば命を失う可能性だって低くはない。
なまえはもう自分にとってかけがえの無い世界のピースのひとつなのだ。万が一なんてことは絶対に阻止したかった。こんなに守りたいと思っていても彼女は誰よりも我慢強く、それ故に一緒に居たというのに見えないところでその強さを悪手にとられていたのを私は気付けなかった。


なまえに対するダズの妙な距離感を最初に指摘したのは、意外にも神田からだった。

何時も他人なんて気している所見たことなんて無かったのに、「おい、あのチビはデケェ奴とできてやがんのか?」と隣で座禅を組んでいたときにいきなり訊ねてきたのだ。
誰と誰が恋仲なんて今まで全く興味無かった神田がそんなこと言うのが驚きで、リナリーは咄嗟に反応出来ずに暫く神田の横顔を見つめたまま口をあんぐりとさせてしまった。


「えっと……なまえのこと?聞いた事ないわね」

「…………ならお前アイツと仲良いんだろ?聞いてみればいい 」


それだけぽつりと言うと、本当はまだ聞きたいことが山程あったのだが、神田は居心地悪いのか詮索されたくないのかさっさと立ち去ってしまった。

それからというものの最初は遠くからそっと見守る気持ちでいたのだが、だんだんと神田がわざわざ忠告してきた意味が分かり違和感を感じてきた。ダズだけが一方的に露骨に何度も触れに行くし、なまえは笑顔で対応してはいるがそれとなく拒否感があり成る可く接触しないように勤めて見えた。
そしてなまえが時折見せる、途轍もない怒りを持ってダズを睨む視線がなによりの証拠だった。

その歪な関係を訝しんでからは、どうしようも無く腹が立ってきて兄さんにも相談したが「本人からの報告が無ければ動けないよ」と言われてしまい肩を落とすしかなかった。本当は蹴りの1発でも入れてやりたかったがなまえもそれを求めていないようで、指摘しても冗談を言われてなあなあにされてしまう。
彼女は此処で生きる為の処世術や自らの付加価値を早くも見出している、哀しいくらい利発な女の子だった。



教団は何時も合理主義で利己的だから、エクソシストとファインダーの扱いが歴然なのは漠然と肌で感じていた。
神に愛された適合者は稀有でこの戦争に打ち勝つためには不可欠な鍵だから。
対してファインダーは取って代われる存在だと、命が掛かる一瞬の判断はときに無慈悲で残酷な選択を何度も見聞きしてきた。
それは普段の扱いにも影を落としていて、エクソシストの自分になら絶対やらないだろう一線をファインダー達は己を軽視する余り同様に越えてしまいお互いにすら乱雑に扱うことが稀にあった。
もちろん、殆どの人が優しく任務を全うする為にひたむきに勤めていたが、稀に顕著に自暴自棄になる激しい人はいた。
そしてそういうタイプからすると、突如入団した弱々しい容姿の可愛いらしいなまえは、その格好の的だった。ただでさえ数少ない女性のファインダーだ、しかもまだ新人で立場も弱いし力も無い。

明日死ぬかも分からない恐怖の中で彼らは刹那的に生きていて、本能故なのだろうか本人へ直接身体目当ての失礼な言動をぶつけている所だって見たことがあった。それにもいつも曖昧に微笑んで流す彼女に、波風立てたくないのだろうと感じてしまい私がかける言葉はなにも無かった。


神田はそれも全て気付いていて、敢えて私に伝えたんだろう。
じゃあ一体、どうすれば良いの?
なまえに、何をしてあげられるのだろう。


「リナリーと食事を摂るといつもより栄養が付くよ!」と笑顔を浮かべ置いていった優しさを、受け取ることしか出来ない私は、彼女になにもしてあげられないのだろうか。

彼女の小さい背中を見送りながら、リナリーはギュッと強く拳を握った。

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