滾る花の美しさたるや

真っ直ぐに伸びる凛とした背中が、絵画で描かれた蓮の花のようだった。
ただ、泥の中ひたむきに滾るあまりの美しさに、大切に汚れないよう飾られる事無くずっと奥深くに仕舞われていて独り何処か寂しいような、そんな儚さもあった。


命からがら恐ろしい化物から死にもの狂いに逃げて息を殺して瓦礫の下へ逃げる私と反対に、立ち向かっていった彼が全てを片付け刀を鞘に納めて佇むその姿。
そっと覗き込む私の眼窩が彼を映した途端、今までの人生が天変地異を起こしたくらいに真っ逆さまに落ちてしまったのだ。
簡単に言えば、一目惚れだった。
その絵画が欲しいなんてそんな大それたことは言わない、ただ美術館でぼんやり眺めるような、そんな気持ちで見つめたかった。その為だけに馬鹿な私は入団を決めたのだった。



「みょうじなまえです。これからよろしくお願いします!」


支給された真新しい白い団服を抱えて、これから同僚と呼ぶことになる面々を前に、なまえは緊張した面持ちで深く頭を下げた。
あの日見た恐ろしい化物はAKUMAで、彼はエクソシストであってそれを殲滅する仕事をされているらしく、助けられてからずっと自分は彼を再び見るためにはどうしたら良いか必死で調べ上げてなんとか黒の教団という組織に辿り着いた。
そして一番死亡率が高いがエクソシストに関わりやすいファインダーを志願した。
太く短く生きれれば良い。どうせ美術館の入場券も購入すれども当日限定なのだから。
そんな馬鹿な理由で入団を決めた者は少ないらしく、同僚は大切な人を亡くしていたり暗い過去を持っている者が多かった。あとは衣食住があればなんでも良いという犯罪歴のある狂人もちらほらといた。


「4階の女性用の階に自室があるよ。あとお風呂や食堂の場所はこれから案内するリナリーに訊いてね。
また任務があれば此方から連絡をするから、これからよろしくね」


すらっと背の高い人あたりの良さそうなコムイと名乗った眼鏡の男性が右手を差し出してくれたのでその手をとりしかと握手を交わす。
こんな新人にも室長直々に挨拶してくれるとは懇切丁寧な対応だ。
しかも彼の妹であるエクソシストの女の子のリナリーは凄く美人で驚いた。
天は二物を与えずだなんて、神は自らが愛した適合者にはその法則を離反しても良いものらしい。まあ私が此処に居る意味である羨望したあの人もご多分に漏れないし、神は寵愛すると随分盲目になるのだろう。

優しく可愛い彼女に教団の案内をしてもらい、自分の部屋とお風呂トイレの場所を教えられる。すると突然パッと振り返り、小さな顔がこちらを向いたと思いきや艶やかな双眸が真っ直ぐになまえを見つめて小首を傾げた。


「ねえ!ところでなまえはどうして入団しようと思ったの?」

「えっと、太く短く生きる為ですかね」

「……よく分からないけどすごく格好良いわね!」


気遣わせてしまったが、気持ち悪がったりもせずににこりと微笑む笑顔もすごく可愛い。
その後も色々と教団の事を説明してもらったが正直に云うとリナリーが可愛いというインパクトが強過ぎてあまり覚えていない。ごめんなさい。
こんなに可愛い同僚がいるのだから、彼もきっとこんな風な恋仲の相手が既に居るのだろう。いや実は彼女なのかもしれない。しかし片や新人、プライベートなことを訊ねる間柄でも無いから彼女にも勿論聞かないが。
しかしもしそうだったとしたら二人並ぶ姿もまるで宗教画のようにきっと美しいだろうから、私はあわよくば入場券を握りしめた観覧者としてそれをこっそり拝みたいなんて邪心ばかりが渦巻いているが、まずそれは任務をこなしても生存し続けるという事が大前提だ。今まで鍛えたことも無い貧弱な身体だ、強くならねば。


「なまえがもし鍛えたいとおもったら地下に鍛錬場があるから足を運ぶといいわ。私もたまに居るからもし良かったら組手してね」

「はい!」


なんと。それはご褒美なのでは無いだろうか。
無料で美少女と組手が出来るなんて、神よ先程冒涜してごめんなさいそしてありがとう。
なまえは心の中でこっそり、以前誰かがやってたのを見様見真似で適当に十字を切り神とやらに感謝した。


「一応場所だけ案内しとくわね、一緒に行きましょう」


リナリーは何度も通ったのだろう、慣れたように階段をするする降りてゆくその背中を追いかけてゆけば前を歩む彼女が重そうな大きな扉を全身で押して開いた。ギィ、と音を立てて開くとそこはドンと大きくとられただだっ広い空間で、沢山の人が各々組手したり筋トレに励んでいる。その中でも一等目立つ所に佇む彼を見つけた瞬間、私は心臓が弾けそうなくらい速く拍動して瞠目した。

こんなにもすぐに見つけた。
絶対にあの時の彼だった。

以前は高くに結わえていた髪は下ろされ、扉から吹き込む風にさらさらと揺らめいている。
呆然と息を止めて見つめる私にリナリーは特に気に留める様子もなく淡々と続けた。


「彼は神田よ、ちょっと怒りっぽいけど気にしないでね」

「はっはい……」

「神田!新しいファインダーの子が来たの!紹介するわ」

「……」


神田は返事もせずにこちらを一瞥しただけでぷいと再び前を向いた。隣にいる彼女が無視されたことに少しムッとした表情を浮べたあと、口元に片手を添えて先程よりもお腹の底から「神田!」と叫べば、彼は面倒そうに舌打ちをひとつ打ち、ムスッとしたまま気怠げにずんずん歩み寄ってきた。
えっすごく怖い、そんなわざわざ怒らせてまで挨拶したくないですよリナリー!なんてまだ言えない。

目の前に佇む彼は近付くとすらっと背も高くて、愛想悪く腕を組んで此方をうざったいような目線を突き刺し見下ろした。
端正な顔立ちがその不機嫌さを一層より迫力を持ち醸し出していて、時間の無駄だと言わんばかりに睨む視線が怖過ぎて直視出来なかった。成程美しい彫刻達は石化しているから近くで拝めるのか、動くとこんなにも火勢があって恐ろしい。

しかし隣の彼女はそんなこと全く気にしていないのか、先程の元気なトーンのままぷりぷりと怒りながら神田を指差して言葉を紡ぐ。


「もう!また無視する!こっちは今日から配属されたなまえよ、神田挨拶して!」

「……こんな貧弱、わざわざ挨拶なんかしなくてもどうせすぐへばるだろ」

「ちょっと!神田っ!」

「チッ」


至極真っ当な正論を言っただけなのに注意される神田に少しだけ胸が痛む。そりゃそうだ、こんな陳腐な人間があの化物になんか出くわしたら一発でお陀仏だろう、寧ろ後処理の手間が増えるだけだなんて自分でも肯定する程に同感だ。
しかし何度も繰り返すがそんな事言える仲でも無いし、今も柳眉を顰めてキレている顔を見るのも恐ろしいので、見えないように深々と頭を下げる。

「神田なんか知らない!もういいわ、行きましょなまえ!」とより怒りながらリナリーがさり気なくするりと腕を組んできて、私は心臓が口から飛び出そうな勢いで内心バクバクしながらも彼女の柔らかい香りを感じながらなんとか平静を保った。
自分が女で良かった、神様よ本当にありがとう。

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