#あれ俺の女なんすよ_と言うお相手
※Xにて夢見農場様(@yumemi_farm)より夢タグ拝借したものをこちらへ掲載



金には困らないくせに、なんでバイトなんか行ってるの?お嬢様なのに。

クラスメイトに笑いながら冷やかしで言われた言葉が胸に刺さる。簡単だ。家に居たくないからってだけ。どこか居場所が欲しかった。

わざわざ言ってあげる理由も無いから曖昧に笑いながら「もっと欲しいからかな!あはは」と適当に流すと、向こうも「欲深!」なんてウケて新しい話題に変わってゆく。
深堀したいほど知りたい訳ではないだろう。『もっと見る』を押す程きちんと顛末を知りたいニュースなんて、この世にどれくらいあるだろうか?


勉学や部活に支障をきたさない時間帯は早朝と深夜しかなく、致し方なく私は居酒屋のバイトをしていた。もちろん母や、特に厳格な祖母には絶対内緒で。

考えることは同じなのかバ先には似たような年齢の人が多くて存外悩むことなくすんなり馴染んだ。

ただ社会に出たからっていきなり器用になるわけじゃないから、沢山皿やコップも割ったし、オーダーミスや精算のミスもやらかしたし、お客様にドリンクをぶちまけたことだってある。
でもいつも半べそかきながら必死で謝ると、みんな笑って許してくれた。本当に優しくて此処で骨を埋めたいくらいに私はこのバ先が大好きだ。

でも一人だけ必ずミスに真正面からキレて注意してくれる人がいた。
幼馴染のユウだ。

元々ここを紹介してくれたのが彼なのだが、厳しく真面目な面があるからシフトが被れば裏で毎回怒号が飛んできた。

涙目で謝る私に向かいその綺麗顔の所為で迫力を加点して「泣いたって戻らねえんだからさっさとしろ!」と怒るから毎度すごく怖い。

万事私はこれが通常運転なもんだから、キッチンに配属すれば天才的にミスを量産して余計に回らなくなるからとキッチンに入れて貰えず、あと見た目が良いからとフロアに回される事が多かった。

プレミアムフライデー、18時に差し掛かるともう居酒屋は満員で次々に注文が入る。
順番に聞いて回りオーダーを流して、新規案内してレジ打って使用済みの食器を引き揚げて……ひたすら目まぐるしくドタバタしてるなか、いきなり手首をぎゅっとつかまれた。

この喧騒に負けないくらいの悲鳴が飛び出ると共に肩が大きく跳ねて、その当事者の方へ振り返ると思ったより若くてガタイの良い男だった。

スポーツマンのようでこざっぱりした髪型に濃い目鼻立ちで少し顔を赤くしたまま鼻息荒く座った目でこっちを見る様は、まさに酔っ払いそのものだ。
呂律の回らない口調だがよく聞けば口説いてるらしい。
よくある聞き慣れたフレーズをリフレインする中、当たり障り無く空返事して笑顔を貼り付けたままその手を引きはがそうとしたがこれが中々離れない。

あーもう面倒くさいし、酒臭い。ダメならせめて連絡先だけでも、とか手を替え品を替え食い下がってくる。ということは泥酔ながらも頭はすこしは回ってるらしい。

こういう時ヘルプするべきか悩むが、日頃のミス祭りの引け目と繁忙期の中でこんな事にスタッフの時間を割くわけにいかないかななんて悩んでしまう。

しかし相手は交渉を諦めたのか武力行使に切り替えたらしく、彼の手の力はもっと込められ、なんならトイレの方向へ引き摺り込もうとしているじゃないか。えっやだ怖い!むり!

すると急に間に割って誰かが入ってきた。

あんなに剥がれなかった手がいとも簡単に外れて、しかも呆気なくギリギリと捻り上げられている。
痛い!と必死でもがきながら哀れな酔っ払いが騒ぐも、その相手は情けも無く冷たく睨み付けるユウだった。


「辞めて頂けますか?」

「んだよお前!邪魔してんじゃねえよ!誰だよ!」

「スタッフの神田です。店内での暴力行為は違反ですので」

「テメーに関係ねえだろうがよ!」 

「あれ俺の女なんすよ」

「「は?」」


意味が分からなくって聞き返そうとした私とその男が同じ返事をした途端、既にユウの拳が男の頬にめり込んでおり、そのままソイツは旋回しながら彼方の入口の方へ吹っ飛んだ。


ああ、さよならバ先