06


神田は、自分が今まで感じたことが無いくらいに苛立っていた。

それが何故なのか自分でもいまいちよく分からないから尚更腹が立つ。ひょっとしたら昨日モヤシに会ったからなのか分からないが、ずっと心臓が掴まれたように苦しくて、いらいらとするのだ。
もし誰かが少しでも神田の逆鱗に触れてしまった暁には、人でなしと言われようがどうしようがそいつを切り刻みシチューにして、ディナーのメインディッシュにでも並べてしまうかもしれない。そのくらい今の神田の周りにはピリピリした雰囲気を纏っていた。
神田は寝乱れした漆黒の艶やかな髪を振り払って、シーツの中で野獣のように地を這いつくばう低さで不機嫌に唸った。眩しい朝日がカーテンをすり抜けて神田を無垢に照らし出す。

……なんでこういうときに限って鬱憤晴らしの捌け口が朝から来やがらねえんだ!
アイツ早々にサボりやがったな、あんのボロ雑巾!

神田は今にもぷっつんキレてしまいそうになりながらもひとりで起きてシャワーを浴び、さっさと髪を結って王族衣装へ着替え腰に愛刀を差した。

寝室を出ればおはようございます、と使用人たちが神田へ深々とお辞儀をしてゆく。ああ、と適当に交わしながらも神田の瞳は無意識に名無しを探していた。……が、やっぱり見つからない。
ボロ雑巾の行動パターンなんか考えなくても分かるのだがわざわざ探すのは面倒だし、なによりそれはなんだか癪に障る。次に会ったときにあんの馬鹿面絶対シメてやろうと心中で固く決めて長い廊下をつかつかと歩みを進めた。

食堂ではもう既に前王であるティエドールが座って先にゆっくりと食事を摂っており、神田はぺこと小さく会釈して朝食を並べられた長机の対岸に腰を下ろす。



「おはようユーくん」

「おはようございます。朝からその呼び方止めてください」

「家族だから良いでしょうユーくん」

「……っんの、っ…!」



がたん!

神田は一瞬怒りのあまり席を立ち上がるも「こらユーくん、座って食べなさい」とメロンにかぶりつくティエドールに注意され、神田は心中で大きな舌打ちをし渋々座る。

違う。俺は、アンタのそういうとこがッ……すっげムカつくんだよ!

朝よりも余計にかさを増した苛立ちを持て余しながら神田はやわらかい白身魚にフォークを突き立て口へ運んだ。
そうだ、飯でも食ったら少しは気が紛れるかもしれない。空腹は苛立ちの元だ、早く食事を済ませて鍛錬に勤しもう。
そう決め込んで大して味わうこともなくさっさと胃に朝食を押し込んでゆく。

するとティエドールが「そうそう」と、口元を拭き取りながらこちらへ向いた。眼鏡の奥のやわらかい光を放つ瞳が嬉しそうに細められる。



「ユーくん、昨日の演説聞かせてもらったよん」

「はぁ!?」

「でもあれじゃ短過ぎてみんな何が言いたいかわからないね。私ももっと聞きたかったしなぁ」

「…………」



何が言いたかったか。

元は、ここから南のほうにある矮小な国が近頃妙な動きをしていることを伝えたかったのだが、何せ国民はふたつ返事で「来るなら来い」ともし面倒になれば弱ェくせに自分たちも参戦する気だし、女共はぎゃーぎゃー喚いてまともに話も聞きやがらねえ。…………それに寝室で待っとけと命令したはずなのに演説中たまたま目を移した庭園で呑気に植物の世話なんかしやがるボロ雑巾見つけたから、なんて言えるわけがない。



「でもあの国は昔から気が荒いからね」

「もしなにか妙な動きをしたら先に国勢を上げて潰したほうが良いと思います」

「うーん……でも戦うことになると血が流れてしまうからね、ユーくん」

「、だから………っ!」



…んの、クソオヤジ……ッ!

神田は憤りのあまり親父とはいえ前王に斬りかかりそうになったとき、



ボカンッ!

厨房の方からそれはもう凄い爆発音。

の直後、



「ぎゃあーっ!」

「チッ、あんの馬鹿……!」



朝から探し続けていた羊の叫び声。

超がつくほど鈍臭いというのに厨房で何してんだアイツ。本当どんだけヘマしたら気が済むんだよ!

神田はまだ終わっていない朝食も投げ出したまま、直ぐさま厨房の方へ駆け出した。
ぽつりと残ったティエドールはかちゃんと何事もなかったかのように上品にナイフを置いて一目散に走ってゆく神田を見ると、「ユーくんたら私が雇った側近全部切って雑用係にしちゃうなんて激しいなあ」とくしゃりと優しく微笑んだ。



「本当にあの子気に入ってるんだね」



独り言のようにこぼしたティエドールの言葉は今の神田には届くこともなく(聞こえたら暴れるのだろうけど)優雅に紅茶へ溶けて消えていった。