05


「おっ王さま酷いですよぅ!すけこまし!」

「好きに言えばーか」

「そんな簡単に、きっ、き…「キスか?」

「〜〜っ!」

「それがなんだ?」



その単語を言うことすら躊躇い初々しく恥ずかしがる名無しを神田はふんと鼻で笑った。
名無しはいま馬鹿にされた!と羞恥でへなへなとした身体を奮い立たせて怒る。

(王さまったらなに開き直ってるんですか!こんの鬼畜王子めっ!)



「そっそういうのはお互いを想い合う恋人同士がするものです!そっそれにもっとこう……甘酸っぱくて、甘美な雰囲気にとろけるような情緒が必要だと思います!」

「ふん、夢ばっか見やがって餓鬼が」

「泥棒!」



王さまは色んなこともう既に終わらせてしまってるかもしれませんが私は綺麗な理想を何時までも大切に包んで持っていたのというのに!しかもあんなあっさりとふっ、ふ、深いのを……!

名無しはだんだんとさっきのキスを思い出してしまいまたぽっと頬を赤く染めるも、ぶんぶんと振り払い、真っ赤な顔のまま半ばヤケで思い付く限りの悪い言葉を吐く。
神田もしばらく面倒そうに聞き流していたが、鬼畜王子がそうやすやすと黙って聞いているわけなんか無い。むうと頬を膨らます名無しを見ていきなり「うるせーな」と一言零したと思いきや長い指で摘むようにしゅるっとメイド服のリボンを解いた。そして僅かに覗く名無しの白い首筋を指先でつつつ、とやらしくなぞりながら妖艶な瞳で煽る。



「あんま煩いとお前の初めて全部貰うぞ?」

「っ!」

「まだこんな貧相な身体、他の男に預けたことねえだろ?」

「ひっ、酷い……っ」

「図星のクセに」

「…………ん!」



こないだつけた赤い所有印に重ねるように神田はちゅっと小さなリップ音をたてて唇を押し付けて、官能的に熱い舌を滑らした。甘く腰が砕けるようなそれに背中がぞくぞく震える。必死に神田の肩を返そうとするも普段から鍛えている逞しい身体がそんな簡単に動くわけがなくて、神田は「生意気だな、一丁前に反抗すんのか」と悪戯に低い声で耳元に囁いて間怠っこしそうに細っこい名無しの手首を頭の上でひとつに纏めた。

ど、どうしよう……

途方に暮れた名無しはうるうると不安げな潤んだ瞳で神田を見上げた。瞬間、神田の中で赤い艶やかな唇がやけに淫猥にみえて身体の奥が熱くなる。

(コイツ自分が余計に誘ってんの、気付いてやがんねえのか?)

ボロ雑巾のくせにあまりに可愛いらしい反応をするものだから神田は少しからかって籠絡するつもりが理性まで崩されてしまいそうになった。…がなんとか堪えて誤魔化すように名無しの鼻を摘む。ぎゃいっ!と色気もくそもない悲鳴が上がった。



「直ぐ真に受けやがって。からかっただけだボロ雑巾め」

「酷いです!」

「…………」



……酷いって、お前は犯されたいのかどうしたいんだ。

ぷんすか怒る名無しに神田は冷静な瞳で突っ込む。

まあ最も、のろい彼女に宣言通り最後まで事を進めてしまうのは神田にとってとても容易いことだったし、実際一瞬手を出しても良いんじゃないか?と過ぎったのも事実。しかし実行しなかったのは、



「チッ、来やがった」

「へっ?な何ですか?」



神田はばしっとぶっきらぼうに名無しの胸へリボンを押し付け扉の方を睨んだ。名無しは突然の鬼畜王子の反応にひとつ遅れてびっくりし其方を見やる。すると突然ドゴンッ!と凄い音を立てて扉が跳ね返り開いた。



「バ神田!さっきのお遊戯発表会はなんですか!」

「うっせえクソモヤシ」

「へっ!?えええ!」



いきなりずかずかと入り込んできたのは綺麗な顔をした白髪の少年。相当腹が立っているのか白い額に幾つも青筋を立てている。
殺気だけで人をはっ倒しそうな勢いの少年が怖くって名無しは直ぐ様神田の背中に隠れてそっと(だっ誰ですか……?)とごにょごにょ耳打ちした。



「(ただの仕立て屋だ)」

「(どうして仕立て屋さんがこんなに怒ってるんですか!)」

「(知らねえよ。こんな奴のことなんか分かりたくもねえ。…つうかいちいち面倒な質問してくんな!)」

「(ひっ、すっすみません!)」



一瞬此方へ振り向きギロリと睨まれ名無しは慌てて自分の口元を隠す。

目の前の少年は神田の陰に隠れる名無しに気付いたのか、はたと瞳を丸くするも直ぐににっこりと紳士に微笑み「はじめまして、アレン・ウォーカーといいます」と上品に右手を差し出した。

すごい素敵な笑い方する人……。

名無しはアレンをほうっと魅入ったままその大きな手を掴もうと伸ばす。
……と、名無しの前で一部始終を見ていた神田は面白くなさそうにばしっ!と思いっきり名無しの手を払った。名無しはあまりの痛さに涙目になりながら必死で噛みつく。



「なっ何するんですかぁ!痛いです!」

「いちいち人の目の前で握手なんかすんな!鬱陶しい」

「こんな可愛らしい女の子の手を叩くなんて君は本当最低ですね」

「かっ可愛……!?そ、そんなこと……えへへ」

「…………」



いちいちモヤシに妙ちくりんな態度取りやがってこのボロ雑巾がっ!

あからさまにアレンの言葉で照れて恥ずかしそうに目を伏せ、ぽっと頬を赤らめる名無しがなんとなく気に入らなくって神田は思わずぷっつりキレてアレンに「チッ!うっせえよタコが!」と叫んだ。



「そんなんだからあんな演説しかできないんです。君何分大衆の前に立ったと思います?二分ですよ二分!もう凄いクレーム来ますよ。誰がクレーム対応すると思ってるんですか」

「あ?んなもん来たら斬るだけだ」

「君の洋服全て正直者にしか見えない布で作っておきますからふんどし晒して存分にクレーム対応してくださいね」

「はいてねえっつってんだろ!……大体お前何しに来たんだ、古臭い説教すんなら早く失せろ」

「僕だって好きで来たわけじゃないです。明日の午後貴族が訪問されるという連絡が先程あったと報告をしに参りました」

「っはあ!?明日だと?」



……こんないきなりヘラヘラ来やがる馬鹿貴族のボンはひとりしか居ねえ。

思い当たる人物に相当な怒りを覚えながら神田は今にも爆発してしまいそうな苛立ちをなんとか飲み込んだ。アレンが居なければ今頃名無しは恰好の餌食だっただろう。



「なんでんないきなりなんだよ!」

「知りませんよ!じゃあ僕言いましたからね。では失礼します」



最大限に憎しみを込めた愛想笑いを浮かべたアレンは、バタン!と力いっぱい扉を閉めたものだから瀟洒な扉には少しヒビが入った。


簡単に訪問と一言で言えども、出迎える方はそれなりに準備が必要だ。喩えどんなに嫌いな相手が来ようともそれが国へ資金を入れて貰い肩入れをしている投資者なら尚更の話。残念ながらあんの馬鹿なボンボンもそのなかのひとりである。(失礼過ぎる)
しかしながら甘いモノを毛嫌いする神田が茶菓子やケーキなんて作れるシェフを雇っているはずもなくここに居るのは専ら日本食などを得意とした料理人しかいない。
しかも何時もそういうことに疎い神田は使用人に任せっきりで名無したちが勝手に手配してきているのだが、イマイチ連絡が回っていなかっため誰も準備なんかしているはずもなく。
当然今から作らせるのも明日なんて間に合うはずがない。

神田は眉間に皺を寄せて深い溜め息を吐いた。悩ましげなその表情ですら絵になるなんて、なんとも狡い。



「……ボロ雑巾」

「はっ、はい!」

「お前なんも出来ねえんだからせめて料理くらいは出来んだろ」

「へっ!?い、いや私なんにも……」

「出 来 る よ な ?」

「はいぃぃっ!それはもう勿論です!」

「……なら良い。じゃあ適当に明日間に合うよう用意しておけ」

「…………畏まりました」



どうやら無理は全て私へ回ってきたようです。



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