タイミング悪過ぎんだよ!
どうせ商売許可取りに来ただけだろうのに何でそんなしつこいんだよアイツ!

ひたすらイライラとしながら怯える臣下の後を追い乱雑な歩みで向かえば、そこには気が抜ける程呑気な顔をしたジジがおーいとヘラヘラ笑いながら呑気に手を振っていた。
それをみて尚更苛立ちが募り、久々の再会というのにさっさと戻りたい神田は早々に思いっきりブチ切れていた。


「オイ!テメーしつけーんだよ!」

「おー久しぶりだな神田!
すっかり立派になっちまって!前見た時はこーんなちっちゃかったのにな!」

「んなわけねーだろ!」


冗談丸出しで親指と人差し指で小さい隙間を作って「こんな」と見せるジジにすら神田は律儀にキレている。
そんなところも面白いのか、普通の人なら怖くて近付きも出来ないくらいキレ散らかしてる神田の頭を、笑いながらわしゃわしゃとガキ扱いで雑にこねくり回す。
なんとも何時ものペースを崩され調子が出なくなった神田は頭に乗ったその手を雑に振り払うも、寧ろ思春期に入った子どもの反抗くらいに思っているのだろう、気にもせずそのままガハハと豪快に笑った。


「お前が結婚したって聞いたから、この俺が!わざわざここまで祝いに来たんだぜ!?」

「どの俺だよ……」

「ほらそんな高ぇ身分で婚姻しちゃったらよォ、次はアレだろ?アレ」

「……なんだよ?」

「そりゃあ跡継ぎだろ!
アッお前女の扱いとか分かってねえだろうからもしや早くもレスってやつなんじゃねえのかァ?」


ホレホレと肘で小突かれながらモロな下品ネタでイジられて、神田は隠すつもりも無く露骨に思いっきり嫌な顔をした。
しかし名無しとは最近すれ違いがあるのは事実で、少しだけ思い当たっていて否定も出来ないというのが余計に神田をイラッとさせる。

放っとけよクソ野郎……といよいよ黒いオーラを纏い堪忍袋の緒が切れそうになっていた神田にももろともせず、ジジはあっけらかんと「あ!そうそうこれ」と、急にひょいと懐から取り出した小さな小瓶を神田の手に乗せてぎゅっと握らせた。
突然の行動に驚きつつゆっくりと手のひらを開いて見ると、瀟洒な美しい技巧を凝らされたデザインの瓶だった。
それはいつも『道具として使えれば何でも良い』というスタイルの無骨なジジらしくないおしゃれ装飾でいて、瓶の中にはとろりとした薄青の液体がひたひたと入っている。


「は?いきなりなんだよこれ?いらねえよ」

「まーまーそう言うなって!
これ効果絶大の新薬なんだ!手に入れるのが大変なすげーレアなやつだから特別に祝いでやるよ」

「は?必要ねえよ。っつうかそもそもなんの効果だよ……」


この短時間でもう既に散々振り回されている神田は今度はなんだよと呆れ顔で溜息をひとつこぼし、その受け取った小瓶を空へ透かしながら液体の揺らめく姿を見つめた。
するとさっきまで大口を開けて大きな声で豪快に笑っていたジジが態度を一変して真剣な顔をしたと思えば、周りに人が居ないかキョロキョロと確認しだしたではないか。
不審に思いつつもちょいちょいと手招きされたので神田は素直に少し屈むと、妙にコソコソと縮こまりながらこっそり小声で耳打ちしてきた。


「媚薬」

「はあ!??」

「シーッ!だーかーら!びやく!まっ良いから持ってけって!絶対後悔しないぜ!」


吃驚し過ぎて今度は神田の方が大きな声で聞き返すと、慌ててジジがシーッと人差し指を口元へ当てて其れを制する。

そしてなんともしてやったりと大仕事を終えたかのような達成感溢れる顔をするや大袈裟に額の汗を拭く動作をし、頑張れよと言わんばかりにバン!と強く背中を叩かれた。クッソウゼエ。
っつうかコイツ、こんな下らないエロい馬鹿グッズ持って来るためだけにわざわざ来やがったのかよ!


「んなしょーもねえもん持ってくんなバカ!
もう来んなよ」

「分かった分かった!
じゃあまた明日どうだったか聞きに来るからな!しっかり頑張れよ!」

「オイ聞いてんのかコラァ!」


ワッハッハ!と笑ったまま背中越しに手を振りながらなんとも嵐のようにジジは去っていってしまった。

このなんとも怪しい小瓶を残して。


神田はどうせこんなものゴミだし捨ててしまおうと近くに居た臣下に投げ渡そうかとも思ったが、ソイツは何故か目も合わせず終始挙動不審なもんだからこっちから一言命令するのも面倒で、舌打ちひとつするととりあえず内ポケットにポイと適当に放り込んだ。

しかしこの臣下からすれば、いつもあの傍若無人な王に対して凄まじきジジの滅茶苦茶な振り回しっぷりが余りに無謀で恐ろしく、少し離れた所でずっとヒヤヒヤしながら事の顛末を見つめていたものの(もしかすればこの鬱憤、次は自分が当たられやしないか……?)となんとも蛇に睨まれた蛙のように小さくなっていただけだった。

そしてそのままお互い何も言葉を交わすことも無く、無言を貫いたまま再びスタスタとリンクと名無しの居る部屋へと焦る神田のペースで足早に向かってゆく。


そして丁度廊下を曲がり、美しい花と共に中庭が見えてきた瞬間、何故か厭な胸騒ぎがして神田はいよいよ姿勢を屈めるや突然、大地を踏み込んで後ろの臣下が着いていけないくらいの速度で勢いよく走り出した。

ガタン!と騒がしい音を立てながら垣根を一気に飛び越えて神田はテラスまで躍り出るや、彼にとって最悪な野生の勘は的中していたようだ。
肩で息をする彼の目の前に広がっていたのは、まるで恋人のように愛しい名無しの赤い唇に着いたクリームをリンクが優しい瞳でそっと親指で拭う場面。


それが例えなにか重大な理由があったとしてもそんな言い訳どうでもいいくらい、こんの男が大切な名無しへ身勝手に触れているという揺るぎない事実に神田は瞬間的に頭に血が上って全身の毛を逆立てて激昂した。

その表情を目の当たりにした途端に威嚇対象のリンクよりも隣で居た名無しが先に真っ青な顔になり、慌てて神田に駆け寄ってあわあわとなにやら言葉にならない言葉を必死で紡ぐも神田は全く聞いちゃいなくて、その鋭い視線はリンクをジッと捉えて離さない。
リンクもまた悪びれもせずその迫力に一歩も引けを取らず赤茶の瞳を細めてギッと強く睨み返していたが。

チュンチュンと鳥の囀りと花々の周りに蝶がひらひらと舞うこんなにも平和な中庭に、全くそぐわない緊張感と怒りに満ちた怒声が響き渡る。


「何勝手に触ってんだよ!」

「名無し様が恥をかかれるより無礼承知で拭って差し上げた方がよろしいかと」

「テメーが触りたいだけだろ!」

「いえ王さま、私が悪くて「お前はすっこんでろ!」

「はっはいぃ!すみません!」


尖った犬歯を覗かせて威嚇したままこれでもかと眉間に皺を寄せている今の神田には何を言っても無駄そうだ。
名無しは何時も何故か神田さまにはこういう齟齬の発生する瞬間に立ち会わせてしまうなあと改めて少し落ち込む。

聞いちゃあ貰えないだろうけど、本当にただただケーキを食べていた時に、はしたなく口元を汚していただけなのだ。それをサッと取ってもらっただけで。
リンクがそれを指摘するより先に、彼が汚れを拭おうと伸ばして来た手の方が早かったので不意を突かれた名無しはただただされるが侭に拭いてもらっていたのが失敗だった。(それにそこに下心があるなんてこと、紳士なリンクさまにはきっとあるはずないです)


「だからお前みたいな頭でっかちな奴信用出来ねーんだよ!二度とその面見せんな!」

「そんな訳に行きませんよ王さま!
せっかく友好条約も取り決めたというのに」

「はっ、君国交も全て妻に任せっきりで顔ひとつ出さない上オマケに名無し様が努力の末に纏めた好条件にも横入れして阻止するなんて。
ホントひどく醜い嫉妬心ですね」


余りに痛い所を突かれてとうとう我慢ならずブチ切れた神田は、ガターン!と大きな音を立てて机を叩く。

言葉より先に手が出る彼はもうとっくに臨戦態勢で居て、いつぞやのお茶会では未遂だったものの今回は仲裁役のラビも居らず、目の前にあったリンクのぴっしり整えられたスーツの胸倉を感情任せに乱雑に掴み上げる。
リンクはそれに対してやり返したり手も挙げず、まるで野良犬にでも噛まれたかのように汚れたものを見るような目付きでギッと冷酷に睨み付けていた。

もうあまりにひとつ間違えたら国交問題待ったなしの一触即発な空気に、名無しは慌てて最後の手段に神田がこれ以上悪さをしないようぎゅむと強く抱き締めて一生懸命引き止めた。

でもそんなもの当然桎梏というにはあまりに弱く、彼からすると片手で容易く払えるくらいの力だったが、神田にとってはこれ以上無く効果絶大で、甘い香りのするやわい身体が腰に押し付けられてる感触が脳へとダイレクトに伝わった途端、男の性故なのか驚くほど簡単に棘が抜け落ちてしまい戦意も喪失してあっさりとその喧嘩を売っていた手は緩くなり解けてしまった。

その様子を見て(本当に神田を止められた理由は無意識で計算外なのだが)少し安堵するものの、名無しは次にリンクへ向かいなんとか拙くとも必死にフォローを入れていれば、その慌てふためく姿が余っ程可笑しかったのかふっと力が抜けたように笑いかけた。

そしてリンクがその大きくて繊細な手のひらをポンと頭に置き名無しは不思議そうに見上げると、慈悲を孕んだ赤茶の瞳とぶつかった。
ふっと微笑みながら身長差を縮めようと腰を折り名無しの耳元まで顔を寄せると、いつも真面目な言葉を紡ぐ声がなんだか少し楽しげに低く囁く。


「では次はふたりでお会い致しましょう。続きです」

「えっ!?はっはい!も、もちろんです……」

「テメェ!!やめろっつってんだろ!なに唆しやがった!?」


すっと顔を離され、ぱちりと目が合えばリンクは珍しくにこりと意味深に口角を上げている。そしてキレ散らかす神田を潔いくらい無視したまま几帳面な彼らしく丁寧なお辞儀をひとつ。
そのチグハグな動作にただ吃驚して真っ赤な顔のままぼーっとリンクの方を見ていた名無しは、帰ろうとする彼の背中を見つめようやく意識が戻ったようにハッとして、お見送りを!と叫ぶも不要だと無言で掌を向けられて断られてしまった。

後ろからすかさず神田さまが「行かなくたっていいだろ」と怒った声で呟き、離すまいと言わんばかりに強く抱き寄せられていて全く動けそうもなかったのだが。


ようやくリンクが帰った後もなぜか中々その腕を解放してもらず、さっきからずっと尋常ではない怒りのオーラがピリピリと触れた肌から伝わってきていて、恐ろしくって名無しは顔を上げられなかった。
その張り詰めた空気感を察知した臣下達はそそくさと片付けをするや自らの持ち場へと去ってゆく。

しんとした空気のなか、恐る恐る「神田さま……?」と見上げるや、真っ直ぐ貫くような鋭い蒼の瞳に捕まった。怒りに満ちたその色に、全身が硬直して思わずヒュッと小さく息を飲む。


堪忍袋の緒なんてとっくに切れていた。
何人たりとも触れられたくない、たったひとりの俺だけのものなのに。
今すぐにでも俺の手でぐちゃぐちゃにして、俺にだけしか見せない顔で、声で、他でもない自分だけのモノだと再確認したかった。
あんなに何度も言い聞かせたのに他の奴に触らせたことを後悔させてやりたかった。


本当は捨てるつもりだった小瓶をポケットから取り出すと、キュポンと音を立てて開けるや神田は一気にぐいと煽った。途端に独特のベリーのような甘ったるい味が口いっぱいに広がり一瞬顔を顰める。
そしてそのまま一連の流れを呆然と見つめていた名無しを顎を掬い上げるやぷっくり膨らんだ赤い唇に自らのを重ねる。
驚きに一瞬びくりと大きく肩が跳ねたが、無理やり舌を捩じ込んで口を開かせるや口内の甘い液体を流し込んだ。

キスしたまま、つつと指先を降ろしてゆきそっとその細い首に手を添えて、こくりこくりと小さな喉が震えて毒を飲み込むのを確認する。

薬を盛ったという事実にほんの少しだけ罪悪感はあったが、正直それよりも好奇心の方が勝っていた。

もう後には戻れない。