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にこやかで和やかな会談、なんてことは当然愛想の悪い神田にはできる訳なく、はたまたリンクも同様であり無言のまま淡々とした表情で茶菓子をフォークでつつき口へ運んでいた。なんなん、さながら社長直々に会社で行われる新商品の試食会でもやってんの?誰か喋ろ?な?

ラビは自分が一通の手紙を送ったことにより興されたこのお茶会に、早くも後悔の念が渦巻いていた。流石に気まず過ぎて助け舟を求めて周りを見やると、名無しは他の使用人達と一緒ににこにこと楽しそうにアレンをみてるし、アレンは器用に片手間にジャグリングをやっているがよく見れば目線は完全に机の上に並ぶ食べ物たちを睨んでおり、飢えた瞳でお腹を鳴らし大袈裟に赤く塗られた口元には涎すら垂れている。
なんで当事者より従者達のが楽しそうなんさ!
するとリンクはその今にも噛み付いてきそうな饑餓した目線に気づいたのかはたまた全く手を付けない神田に気を遣ったのか、カチャリとカトラリーを置くと周りを一瞥してから、


「よろしければ使用人の皆様もいかがでしょう?」

「いいんですかっ!?」


勿論一番先に反応したのはアレンだった。
待ってましたと言わんばかりに一目散に飛び掛るようにして素早く席へ着くと、なんとお優しい方ですか!うちの王とは大違いですね!なんて言いながらホールケーキへそのままフォークを突き立ててあんぐりと大きな口を開けて一気に頬張っていた。目まぐるしい速さと勢いに、さすがにリンクも瞠目して驚いていた。そりゃそうだ。

オイやめろ馬鹿!と神田が叱咤するも、アレンは素知らぬ顔でひたすらフォークを進める手は止めずに彼にとって力の入りやすい左手で思いっきりカラフルなクラブを投げ付けていた。神田も負けじと豪速球のそれをバシィ!と広い部屋に響き渡る程大きな音を立て片手で受け止めて、一瞬投げ返してやろうと振りかぶったがなけなしの理性がそれを阻止したのか、そっと振り下ろして大きな溜息をひとつついた。
そして名無しもリンクへ深くお辞儀をした後に、心底嬉しそうにやって来てから席へ座ろうとしたが、ちらりと神田の方へおずおずお伺いを立てるように見つめた。すると神田はイライラと仏頂面のまま一瞥すると、はやくすわれと声を出さずに口を動かして自分の隣の椅子を指差す。それに静かに頷き失礼しますとようやく席へ着いた。
そこには眼前いっぱいに煌びやかなたくさんのお菓子が所狭しと並んでいて、名無しにとってはまさに夢のような景色に胸がときめいた。


「リンク様、とても装飾も美しくてケーキを焼かれるのが誠にお上手ですね」

「いえ、趣味の範囲です」

「そんな、とんでもないです。私なんてパイすら焼けなくて。その腕前、是非教えて頂きたいです」


名無しは以前やらかした黒焦げパイ事件を思い出したのか恥ずかしげに瞳を伏せて俯いた。そして目の前にある手作りだと伺ったケーキを切り分け、手元にあるフォークで小さくして掬いそっと口へ運んだ瞬間に、ぱっと花が咲いたように満開の笑顔を浮かべてリンクの方へ向いた。そしてきらきら燦然と輝く瞳が愛らしく嬉しそうに艶然し、喜びの余り手を叩き感動している。


「こっこんなに美味しいものは初めて食べました!!リンク様は天才ですね!!」


あまりに絶賛し嬉々として美味しそうに食べる姿に、終始無表情だったリンクも気付けばふっと口元が綻んでいた。
アレンも頷きながら同意しているようだが、たくさん詰め込み過ぎてむごむごと何を言ってるかいまいち聞き取れない。

だんだんと空気が絆されてゆき、先程までのピリピリとした緊張感が緩んだ。名無し、よっ親善大使!なんて思考しながらラビは胸中でこっそりと名無しへ手を合わせた。まさに渡りに船である。

ラビの中では、今まで何度か話していた時に抱いたリンクの印象はまさにルベリエに遣える謹厳実直そのものというイメージばかりだったというのに、今日は珍しくなんだか気恥しそうに視線を逸らして指で頬を掻いてなんかいるのだ。しかしその口調は真面目なままで崩すこともなく、淡々と言葉を続ける。


「パイが焼けないと仰っておりましたが、よろしければお教えしましょうか?」

「えっ!図々しいお願いだというのに宜しいのですか!?」


感慨無量といった表情でその大きな双眸を丸くしはしゃぐその少女の愛らしい仕草を、目を細めながら見つめるリンクのその優しい瞳。記録者であるラビは当然見逃すわけもなく、久々の来訪とはいえ初めて見たそのやわらかい表情に内心少し驚いた。いつも気難しく四角四面な彼もこんな顔をするものなのか。いや、もしかして?なんて悪い勘が働いてしまう。

そしてそうとすれば、とはたと気付いて焦りながら慌ててちらりと神田の方を見やると、やっぱり眉根を顰めて今にもキレそうなどす黒い雰囲気を纏っていた。ヤバい!次はこっちが面倒くさいさ!

苛立ちのあまり力加減が出来ないのかゴツッと乱暴にソーサーへカップを置くものだからよく割れなかったなと内心こっちがヒヤヒヤするも、神田はそれには気にも留めず突き放すような低い声で続けた。


「いえ折角のお言葉ですが、ただの一側近なんぞにリンク卿の手を煩わせるのは申し訳ないので辞めておきます」

「大丈夫です、神田殿。どちらにせよ毎日ケーキは焼いているのですから。お嬢さんお名前は?」

「へっ!あ、あの……名無しと申します」

「名無し様ですね、憶えました」

「ぎっっ!!!……す、すみません何も……」


名無しが突然激しく飛び上がり奇声を発したものだから、つられてリンクも驚いてびくりと肩を震わせた。当事者は隣に座る神田で、怒りに任せて思いっきり足を踏まれたからだった。
テーブルクロスで見えていない中の不意打ち且つ普段から鍛えられている人間からの足蹴りは加減してるとはいえあまりに痛過ぎて、名無しは思わず涙目になる。こんなに勢いよく踏まれて一瞬足が真っ二つになったんじゃないかと錯覚すらしたが、でも確かに出過ぎた真似をしてしまったとしょんぼり反省しているようでしゅんと落ち込んでしまった。

ああ折角良い感じに和やかだったというのに……。ユウは本当に不器用だ。どうせ妬いてんだろうけど自分でそれがイマイチ分かっていないのか名無しの事になるとすぐキレるし。まーそこがまた弄りがいがあって面白いんだけど。

ラビはまあまあと宥めながらにこっと白い歯を零し笑ったが、俄然神田の苛立ちは収まっていないようで、ムスッと眉間に皺を寄せたままその長い腕を組み不貞腐れたように声を上げた。


「……そもそも何故鎖国しているというのに今回このような会を開いて下さったんですか?」

「会いたいと仰って下さったのは初めてでしたので。まあ尤も、大方南国のことかと推察しておりましたが」

「じゃあ話が早い」


一応丁寧には話しているつもりだろうがトーンは不機嫌のまま。まあイライラしてるんだろうと長い付き合いなのではっきりと分かる。ラビはもう少し愛想良くしよ?なんて目配せして、スマイルと口パクしながら自分の口元を指で上げて見せるも黙れと言わんばかりにまたギロッと睨まれた。いやだからそれだって!

しかしこっちの意思を組んだのかはわからないが、神田は視線をリンクの方へ向きやると悪人さながらに片方だけ口角を上げて笑いかけ、ぶっきらぼうに投げかけた。


「随分余裕そうに過ごされておられますが、攻めいられた時に掲げる白旗の準備でもされているんですか?」

「ちょっ!」


待って待って、喧嘩でもしに来たんか?

その突っかかってばかりの口を塞ぎにでも行こうかと思わず立ち上がりかけたが、リンクは一瞬口元をピクリとさせただけで神田の挑発に乗ることも無く目を伏せて終始冷静なトーンで返答した。


「ご心配無く。ラビ殿にも来賓お断りしている間、ルベリエ王は我国秘伝の技術を継ぐ一族の方々と共に極秘に開発を進めて独自の戦闘部隊を起こしました。流石です」

「へえ、面白い」

「折角そちらの芸も見せて頂いたことですし、宜しければ我が国の戦闘部隊もご覧いただけますか?」

「是非とも」


リンクが使用人へ目配せすると、待機していたのかぞろぞろと長いコートに身を包んだ者たちが入ってきた。その一人一人が歩く挙手挙動のひとつをとっても戦い慣れている人間の所作だと神田は見抜く。とはいえあまりに少人数、全員で5人程しかおらず背丈や性別も様々であり、その中には先程門前からここまで案内したマダラオも混じっていた。彼らは一列に並び此方へ深々と頭を下げる。

するとその中の一人の男がコートの隙間から御札のようなものを取り出したかとおもいきや、突然ピュンと勢い良く此方へ飛ばした。
神田は咄嗟に立ち上がり刀に手をかけようとするも空を切り、所持していないことを思い出すや舌打ちをひとつして、隣で未だぼんやりとそれをみている名無しを抱きかかえると体勢を低くしたままテーブルの下へ滑り込んだ。
叫ぶ暇も無く目まぐるしく景色が変わり何が起こったのか分からなかった名無しはキョロキョロと首を振れば、同じくテーブルの下にはどっさりと大量のカヌレを抱えて頬張るアレンと、ぎょっと驚いた表情のラビがしゃがみこんでいる。
どうやらその御札は後ろの壁に掛けてあった絵画へ目掛けたらしく、バン!と大きな爆発音が聞こえた。
ラビがテーブルクロスを捲りながらそーっと頭だけ出してその音の方を見やると、それはど真ん中を撃ち抜き、丸く穴が空いているではないか。
凄いパフォーマンスですねえ、なんて抱きかかえられたままのほほんと呑気な声を出す名無しと裏腹に、すぐ様立ち上がるや勢いよく神田の怒号が飛び交った。


「テメェ!いきなり何しやがんだ!!」

「驚かせて申し訳ありません。彼も当てるつもりは無かったと思います」

「思いますじゃねーよ!!」


意趣返しのつもりなのだろうか。全く反省しているように感じない声音で紅茶を啜るリンクを見ながら、これは長くなりそうだ……なんて白目を剥くラビだった。