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「それじゃあ行ってくる、頼んどくぞマリ」

「ああ気をつけてな、神田。もしティエドール様が戻ってこられたら私から伝えておこう」

「わかった」


あくまでも親睦目的。兵は連れずに数名の使用人達のみを同行する。あとは諸悪の根源赤髪貴族と、本来行く予定ではなかった仕立て屋。
名無し達が用意した手土産をたくさん積み(こんなに要るのか?)神田とラビが乗車する馬車、アレンをはじめ使用人達と荷物を乗せた馬車で2台での移動となった。

何時もは着ない堅苦しいモーニングスーツを着て髪を高く結った神田は、動きづらいわマリに「物騒に思われるから置いていけ」と愛刀を没収されるわでそわそわ落ち着かない素振りで顰めっ面をしていた。しかし相反して他国交流にあまり興味の無い神田の臣下達にとっては珍しいイベントに、少し浮き足立っているのか何時もよりも賑やかだ。

名無しはドタバタ汗をかきながらもう一度全ての荷物の確認や馬の装備の最終チェック、使用人達との最終連絡を回した。王さまの乗車も確認しようやく落ち着き列を見回せば、圧倒的に1番派手な格好をしたアレンが馬車の前へ乗車するために並んでいる。小走りでそばに寄れば、彼は名無しの方を見やるや何時ものようにニコッと紳士に微笑んだ。


「アレン!もう仮装してるんだね、すごく素敵」

「ありがとうございます。化粧とか結構時間かかるんで先にしとこうと思いまして」

「今日観れるの楽しみ!衣装ってこんなに膨らんでるんだね!中どうなってるの?」

「はは、触ってみます?」

「えっいいの!?じゃああとで触らせてもらお」


赤と黄色の鮮やかなピエロ仮装したアレンの後ろに並び、最後尾で使用人達の馬車の方に乗ろうとしたら、話が聞こえていたのか1番大きいキャビンの窓から端正な美しい顔がちらと見えた。かと思いきやギロリと睨みながら不機嫌な声でオイどこ行く気だ!といつもの調子で凄まれてしまい、怖過ぎて飛び上がりしぶしぶ神田達の方に乗り込んだ。
ピエロ姿のアレン新鮮でもっと見たかったのに……!ぐぬぬ、不機嫌な王さまの隣はロクな事が無いのだ。
そんなことつゆ知らずと言わんばかりに天候には恵まれたのか雲ひとつない晴天の中、無事準備が整った馬車はゆっくりと走り出した。


「わあ、やっぱ名無しいないとユウ寂しいんさ」

「んなわけねえだろ!?こっから引きずり落とすぞ」

「まっまあまあ!!まだ着いてもいませんしお2人とも落ち着きましょう!」

「チッ」


隣国行きの馬車に揺られながら神田は頬杖を着きながら外を睨んでいた。
正直面倒だがこれでラビに恩を売った。鬱陶しい南国への口利きはやらせる、絶対に。
神田は眉根を顰めて気怠く溜息をひとつ着き、


「これで貸しだからな、南国のこと絶対やれよ」

「安心しろ!それは上手くいったさ!」


……いつの間にか済ませていたのか。
驚き目を見開けば、ラビがにんまりと胡散臭い笑顔で調子よく親指を立てている。

素直に信じていいのかわからんが、どうやらひとつ懸念が減ったらしい。
急速に大きくなり過ぎた国は当分は自国の統合に忙しいらしく、しかも身内同士で揉めているのか領地を分配したりするのにてんてこ舞いなんだそうだ。
何時まで続くかはわからないが、とりあえず当面は肩の荷が降りた。
なら今日はさっさと行ってその面拝んでさっさと帰るのみ。糞兎もこの件が片付いたらさっさと追い出すとしよう。


見慣れた景色を横目に流していれば、隣国とだけあってそう長くない旅路はあっという間に到着した。いつも通り厳然な見上げるほどに大きな門扉の前には、誰にも立ち入らせまいと荘厳で重々しい空気が漂っている。しかし今日はその門前にぽつんと使用人が立っており既にこちらを出迎えに上がっていたらしい。人に言えた口じゃないが随分無愛想な若い男が此方を確認するや、深々と腰を折りお辞儀をした。


「ようこそ。お待ちしておりました。さあ中へどうぞ」


普段使われていないだけあるのか随分耳障りな金属音を立ててギィィと扉が立て付け悪そうに開いた。
意外にも中は舗装されており明るく、丸い石畳の道が続いている。カラカラと踏み締めた馬の蹄鉄が心地よい音を立てて進んでゆく。
隣で座っていたボロ雑巾は自国以外が初めてだからか、田舎者らしく落ち着き無くずっとキョロキョロしていたので腕組みを解き、黒いスカート越しに太ももを軽く抓るとぎぇ!と小さく悲鳴をあげてしゅんと大人しくした。


「はしゃぐな馬鹿」

「いぃぃすみません……」

「まあまあ、俺も久しぶりだし気持ち良くわかるさ」


手入れされた庭は想像よりも広くて、小さいが噴水までもあった。彫刻された三女神が優雅に噴水の中央に腰掛けていて、彼女らの抱えた水瓶からそれぞれ水が流れている。財力を見せしめる為に態々置いてんのかとしか思わないほど芸術にはあまり興味が無いが、名無しは初めてみたのかキラキラとした眼差しで今度は静かにしたまま物珍しそうに凝視していた。噴水なんぞ自国の城内には無いが、確か城下町の公園にはあったはずだから今度連れて行ってやるか、などとぼんやり考えながらもトロトロと馬車は進む。
すると、ようやく巨大な城の全貌が見えた。
要塞を彷彿とさせる城はまるで壁のように聳え立っており、幾何学的に尖った屋根が並んでいた。窓も少ないその厳粛な城はこの見戸代の中にまた更に鎖国しているかのようだ。要塞都市なんだろうか、その城というには異様な建物に、オヤジがいたらきっと突然シャカシャカ絵でも描き出すんだろうななんてふと思い出し辟易とする。

やっと停車した馬車から身をかがめて降り立つ。後続してラビもよっと声を出しながら降り、最後に降りようとしたボロ雑巾は服の裾でも踏んだのか案の定躓き、糞兎にぶつかりそうになったので咄嗟に片手で受け止めると、真っ赤な顔をしてすみません!と謝っていた。こんだけドジばっかやらかしてるのに外でやりゃ恥とかあるんだな。

改めて引導していた使用人の顔を見るとなんだか派手な化粧でも施しているのか瞳を囲うように薄緑の線が流れている。無愛想な男は自らをマダラオと名乗った。マダラオはウチの御者を導き待機所へ連れてゆくと、どうぞ此方へと頭を下げ引き連れた。
そして玄関前に到着すると、使用人を後ろにずらりと並ばせた中に、下の方に結わえた三つ編みが燦然と輝く金髪の男が立っていた。シンプルな黒い神田のモーニングスーツと相反して、白を基調とした生地に細かい刺繍で装飾が為されたスーツに身を包んでいる。いかにも鹿爪顔な彼はスっと右手を差し出した。


「はじめまして、ハワード・リンクと申します。長旅お疲れ様でした、どうぞ中へ」

「神田ユウです。よろしく」


鎖国国家の王子なんて一体どんな変人がでてくるのだろうと思っていたのだが存外普通で拍子抜けした。差し出された手を掴み握手を交わせば、リンクはくるりと踵を返して神田たちを城内へ案内した。
かつん、妙に足音が響く石造りの廊下を抜けると天井の高い応接間へ出た。
鎖国していて誰も迎え入れていないというのに、やたらと広くとられた応接間は絢爛豪華な大きいシャンデリアが吊るされており、ダヴィンチ宜しく最後の晩餐さながらの長いディナーテーブルが横臥していた。その上には既に瀟洒なカトラリーが並んでおり、紅茶の甘い香りがふんわりと辺りを包んでいる。テーブルにセットされたセピア色の寛雅な大盤の花柄の椅子に促され座ると、後ろから凝ったデコレーションのされたホールケーキが運ばれてきた。
こちらが用意した茶菓子までも綺麗に整列して並べられ、甘いものが嫌いな神田からすると頭が痛くなりそうなくらいうんざりする量のお菓子が並んでゆく。饗の為とはいえ誰がこんな食うんだ。見てるだけで胃もたれする。


「そのケーキは私が作りました。よろしければどうぞ。お口に会えば良いのですが」

「…………」

「んじゃ、遠慮なくいただきます!」


返事をしない神田に代わってラビがわざと大袈裟なくらい明るい声で、切り分けられたケーキをよばれた。
ピエロの格好をしたアレンは無声でもまるで楽しげに芸を振る舞い、上手にバランスを取りながら大きな玉に乗りジャグリングしている。華やかで本当に綺麗な姿に、名無しはもっと近くで見たいと幼心で駆け寄りたくなってしまう衝動をなんとか抑えながらちゃんと弁えなければと側近らしく畏まった表情で少し離れた所で控えていた。
リンクは手元のケーキを切り分けながらラビの方を見やり、優しい声音で呟く。


「ラビ殿、お久しぶりですね。先日は御足労頂いたというのに不躾で申し訳ありませんでした」

「とっとんでもないさ。せっかくの来訪に連れ立ってしまいこちらこそ申し訳ない」


記録を取るためとはいえ、いわばお茶会に乗じて参加した形にラビはいささか居心地が悪かった。
ジジイに言われて仕方なくやってきた事は今までもたくさんあったものの、今回ばかりは流石に内心気が滅入る。
やたらと美味しいケーキを頬張りながらちらりと2人の顔を見て思わず溜息が出そうになるのをなんとか飲み込んだ。
まあリンクとの対面方法も嘘を嘘で塗り重ねたようなものなので気まずいのは間違い無いのだが、何よりもまずそもそもコイツらなんとなくウマが合わなそうな気がするんだよな……。
どうかこのまま杞憂で終わりますように。窓が無いので空は見えないが、輝くシャンデリアに向かいそっと天を仰いだ。

おそらくこのテーブルを囲う全員が、心中でこっそり早く終われと祈っているのであろう。そのテーブルに乗っかったケーキやお茶などの華やかさとは切り離されたかのようになんとも楽しくなさそうな気まずいお茶会が始まろうとしていた。