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「破れた」

「んなわけないでしょう!どうやったらこんな所破れるんですか、どうせ貴方が破ったんでしょうが」

「あ?どっちでも一緒だろ斬るぞ」

「事件か事故かくらい違いますよ、ええ臨むところです」



ビリビリとまさに一触即発の空気の中で名無しは困り眉でまあまあとひたすら宥めることしか出来なかった。
アレンが夜なべをして拵えた新しいメイド服を納品するためにわざわざ朝から御足労して下さったときに私の服を見て、その銀灰の瞳を丸くしていたので謝ろうとした刹那先に神田さまが飄々とそんな事を仰ったものだからそこからずっと殺伐としている。


「名無し、いいからこれを先に着てください、細かい調整もしたいので」

「うぅありがとう……」

「神田さまは邪魔なんでさっさと退室して公務にでも着きやがったらどうですか?」

「ここは俺の部屋だ!お前コイツと2人きりにすると何するか分かんねえだろうが」

「それはこっちの台詞ですよバ神田」

「あ?テメェ表出ろ」

「ええ泣きっ面かかせてやりますよ」


おふたりは会う度にこんな頻度で喧嘩するなんて寧ろ仲が良いのでは、と喉元まで出かかったが怒りの矛先が一気にこっちに向かうのは火を見るより明らかなので口を噤んで堪えた。そのまま火花を散らしている2人が退室した隙に、手渡されたあたらしい服に袖を通してみる。
デザインも一新されたのか前のより可愛くって、内なる乙女心がはしゃいでしまう。こんなにも素敵な服をわざわざ作って下さったなんて!
しかしカフスの釦を片手ずつ止めてから胸元の装飾を触ろうとするもはたと手が止まる。装飾が多過ぎて、わ、わからない……。
編み込みされたリボンやブローチやら飾り釦やら色々装飾が施されているのだがなんせ不器用、その上胸元で見えづらくって鏡を見ながら暫くあくせく格闘したが、白旗を上げ潔く諦めた。製作者にきこう、その方が早い。なんなら喧騒も大きくなってきているし、寧ろそっちの方が大義名分でそろそろ行った方がいいかもしれない。扉を開くと廊下で掴み合い、いよいよ武器まで出そうな勢いで喧嘩してる2人へそっと声を掛けにゆく。


「あのー……」

「あっ名無し!着れましたか?」

「それが……ここが上手くいかなくって」

「っオイばか!」


手付かずの胸元をそーっと見せれば、さっきまでアレンの胸ぐら掴んでいた神田が名無しを見るや直ぐに反応して其方へ来て両手でその襟元を掴むと、ぎゅむと引き寄せて中が見えないように隠した。そして先程までの怒りを引き摺ったまま背中に般若が見える程のドス黒い迫力でギロッと睨まれ凄まれた。ひぇ今までで1番怖い怖すぎる!


「見えてんだよちゃんと着ろよ!」

「すみません!で、出来なくって」

「しょうがないですね、僕がやりますからどいて下さいバ神田さま」

「触んなテメェ」

「着せれないでしょうが!邪魔なんですよ!」

「なら口で言えよ俺がやる」

「自分が着るわけじゃないんですから覚えなくていいんですよ!あっまさか着たいんですか?じゃあ貴方の分も作ってあげましょうか同じやつ」

「ふざけんな、いるかクソモヤシが!」

「そっその!!自分で出来ます!ので、お、教えてください……」


またバチバチとヒートアップしそうな雰囲気に慌てて止めようとすると、思っていたより大きくなった声は上ずってしまい恥ずかしさで変な汗がどっと出た。それがよっぽど素っ頓狂な声だったのかアレンは珍しくこちらを見ずに肩を震わしている。ここを通して、と身振り手振りで説明しながらも度々思い出すのか噴き出しそうになるのを堪えていた。酷い。

やっと完成して着れた新しいメイド服は本当に可愛くって上品で、嬉しさのあまりパッとアレンの手を取りぶんぶん振りながらありがとうございます!とひたすら感謝していると神田が隣からべシッ!!と手首のスナップを効かせた勢いでその手を叩き払われた。めちゃくちゃ良い音しましたよ!痛過ぎる!!


「暴力ですよ!下克上でもして国外追放してやりましょう名無し」

「うるせえ終わったんならさっさと帰れ白髪野郎が」

「どーどー!もうやめましょう!ねっねっ?」


何度目かの火蓋が切って落とされる前に必死で宥めてなんとか落ち着いたのか、アレンは白い額に青筋を立てたまま名無しにだけではまたとにっこりと紳士的な笑顔を浮かべて帰って行った。
今にも噛みつきそうな勢いでブチ切れていた神田の胸板を手で抑えたまま扉が閉まるのを見届けると、やっと一息つく。それは神田も同じなのか、長い溜息のあと力を抜いてドカッと書斎の椅子へ腰を下ろした。


「……んで、覚えたのか?」

「えっ?なにがですか?」

「それだよ、その服」

「えっとー……多分?」


図星なのか誤魔化し笑いをする名無しにやっぱりかとまた溜息をつく神田。隣で見てただけの方が覚えてるってどういう事だよ。


さながら呪いだな、と思った。

メイドの着る服なんか所詮作業着みたいなもんというのにあまりに工程が多く煩雑すぎる。クソモヤシの意図を感じる、まさに封印しているかのように。

ちょいちょいと手招きすると素直にやって来たボロ雑巾を引き寄せれば、さっき隣で見てた順番を逆さから繰り返しまた胸元の装飾を全て外してやる。わたわた慌てる名無しにわざともう1回やってみろと外した装飾を手渡しながら言えば、もちろんです!と最初は自信ありげに戻そうとしてはいたが、


「あれ?確かここを先に通して、えーっと、」


ちげえよ!と言いかけて止める。戻してはまた間違ってを繰り返しているので何回同じ事したら気が済むんだと思わずキレそうになるがなんとか堪えた。
段々見てるだけでイライラするのでいっそ1度深呼吸して本でも開きながら待っていたら、いよいよ少し涙目になった名無しがしゅんとした声で此方に呟く。


「ごめんなさい、戻していただけませんか……?」


ほらな。
モヤシはコイツを買いかぶり過ぎなんだよ。

口角が上がるのをなんとか抑えれば優越感が胸に込み上げた。
なんなら最初の時点で既に間違っているそれを全て外してやり、申し訳なさそうな名無しの細い腰を引き寄せればよろめいて、バランスを崩させ膝の上に乗せる。慌てた様子でどうしようごめんなさいなんか騒いでるが馬鹿過ぎる。わざとに決まってんだろ。


「分からなくていい、どうせすぐ脱がす」

「えっ!えっ、あの、」


ロクに身支度も出来ねえクセに。
はだけた胸元に唇を寄せると擽ったそうに身を捩る名無しを抱き締めた。やわらかい身体を確かめるように額や頬にも唇を落とす。黒いスカートの間から覗く艶のある太ももを撫で上げるとその身体は小さく震えた。ほんのりと肌から香る甘い香りに此方まで惑わされてしまいそうだ。
最後の砦と言わんばかりに辛うじて自分で止めれた釦も外してやれば露わになる胸元。前みたいなのじゃない落ち着いた白い下着が覗き、今日はあの派手な下着じゃないのかとほんの少しだけ安心している自分がいる。
紐に親指を掛けてずらすと吸い付きそうな美しい柔肌が溢れ出て、引き寄せられるように触れれば恥ずかしそうな甘い声が鼓膜を震わせた。上目遣いで見やる長い睫毛に、乱れたその姿に、独占欲が煽られる。


「お前は俺に遣えてるんだから俺の事だけ考えとけばいい」

「ひゃっ」


ちょんと尖った小さな赤い蕾を舌で転がすと先程より少し大袈裟に身体を跳ねらせて悶える名無しへ、くらくら昂奮し倒錯してゆく。逃がしまいと後頭部へ手を持ってゆき貪るように唇を奪ってやらかい舌を絡めてやれば、片息でも必死に稚拙な動きで応えているのでどうやら成長したらしい。存分に味わい離してやるとつつと繋がった唾液が名無しの顎に流れた。骨抜きのとろんとした瞳をしたままのその耳元へ低く囁く。


「ベッド行くか……?」

「…………」


真っ赤な頬をしたままこくんと無言で頷くその姿に、思わずほくそ笑んだ。
まあ加減出来る気がしねえけど。

軽い身体を抱きかかえてやると面映ゆそうに恥じらい俯く名無しの横顔を見つめながら、こんな表情誰にも見せてやるもんかと扉の鍵を閉めた。
途端に疼く支配欲を浅くなった呼吸でなんとか宥めつつそっとベッドに寝かせ組み敷けば、大袈裟なくらいスプリングの軋む音が響く。濡れた双眸はゆらゆらと情痴に溺れた色のまま神田の首に手を回した。珍しく積極的な姿にどうしようもなくなって色情を煽られる。


「わかってやってんだろうな、どうなっても知らねえからな?」


額から滲んだ汗を裾で拭い、返事を待つ前に艶態な唇を塞ぐ。今更だめと否定したとしても遅い。
覚悟しろよ、と神田は余裕無さげに妖艶な切れ長の瞳を細めて呟くと、林檎のように更に頬を赤らめ名無しは小さく頷くことしか出来なかった。