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……これは、どういうことだろう。

事態がまるで飲み込めない飲み込んじゃいけないこんな大きなもん飲んだら私もう喉に詰まらせて窒息で死にますね。というよりいっそ死んじゃいたいです。はい。

もぞもぞとシーツの海から出るとすでに大きくとられた窓からは爽やかな光が零れていた。私の小さな身動きで飛び出した埃が光の粒子となってきらりきらりと輝きながら舞う。
恐る恐る傍で眠る温かく固い肩にそうっと指を滑らせれば、陶器の肌の上で指先はするするとなめらかに流れた。



「…お、おはよ…ござい、ます……」

「……ん、ぁ?…まだ…だろ、眠い」



すると朝独特の掠れた声が掛かる。いつもより少し棘の抜けた、なんだかちょっぴり可愛くて優しい声音。だけどまた意識が途切れたのか、すやすやとやわらかい寝息が再び聞こえてきた。
まっさらシーツに流れる艶やかな黒髪もベッドの上でやや寝乱れてなんだか余計に色香が溢れて芳しい。綺麗過ぎる横顔はきらきらと朝焼けが眩しく包んでいて、まるで有名な画家が描いた美しい絵画でも見ているよう。
……それも何時もなら俯瞰の情景なのに、今日はこんな近距離で、しかも隣からのアングルで私は両手の指先ふたつを繋げて額縁を作り眺めている。

……つ、つまりなにが言いたいかというと、



「なっなんで同じベッドで寝てるんですかー!」



朝目覚めたらもうそれはまるで一夜を共にしたふたりのような雰囲気で、私の鼻先に神田さまの唇があったものだからひどくびっくりして心臓が口から出るかと思った!

でも良かった、朝の担当が私で。もしこの状況をほかの使用人さんに見られたら!もう駄目だそうなればこの城から追放ものだ。ついでに国の女性方から生塵や卵に空き缶など投げられて非国民と罵られるに違いない。ひぃ恐ろしい……!

しかし昨日なにがあったかなと一日の出来事を反芻させ考えても、貴族さまの寝支度の準備をしたっきりそこからあまり記憶が無い。私どうやってこの寝室に辿り着いたのだろう?

はっ!まっまさか、夜這い、とか!?
私うとうと夢現のまま神田さまのベッドに潜り込んでこんな貧相な身体なのに痴女のごとく神田さまをたぶらかして破廉恥なことを……?



「ひぃっ!王さま、私はどう責任を負えば良いのでしょうか……?」

「…………」



どんどんと名無しの悪い想像が壮絶な映画となって脳裏で組み上げられてゆく。

とっとにかくこの現場を見られちゃダメだ……!

下手に動いて神田の唇にうっかりちゅ、とぶつかると起きてしまうかもしれないので、ゆっくりと後ろへ下がってゆきシーツから足を出すとおずおず高級絨毯につまさきを乗せた。……すると神田から離れた分部屋の空気が冷たくって少し体温が恋しい。いやいやそんなこと言ってられない。

怠けた思考を振り払い、そのままベッドから降りようとした瞬間、



「……どこ行く気だ?」

「おっ王さま!」



神田の腕が伸びて名無しの腰を掴むとシーツに皺がよることも気にせずにぐいと強く引き寄せた。ぽふ。あっさりと神田の腕の中に納まってしまった名無しは昨夜の(勝手な想像で脚色された)出来事でさぁーっと一気に色を失う。
まだ眠気を引き摺っていた神田も名無しの様子に気付いたのか自分の胸元に縋りついて小刻みに震う名無しを見下ろした。



「なんだ、泣いてんのか……?な、なにがあった?」

「……ごめんなさい」

「は?どうした?」



尚も首を横に振る名無しのやわらかい髪に指を梳いてそっと宥めるように滑らすと、名無しは言い憚るようにしながらもやっとしどろもどろに紡いだ。



「わっ私は……」

「ん、」

「私はひとりで子供を育てますからどうかお命だけは……!」



「はぁ!?」

「ひぃっ!」

「なに言ってんだ朝よから。寝ぼけてんのか」

「ちっ違いますよ。こうして同じベッドで眠っていたのももしかしたら私が神田さまの元へ夜這いしてその、枕を交わし…あれ?違うな、えっと……」

「……なに言ってんだ馬鹿。お前は昨夜ラビのベッドでのうのうと眠りこけてたじゃねーか」

「えええ!すっすみません私それじゃ神田さまに此処まで運ばれて……」

「いや、そんなの今はどうだって良い」

「へ……?」


「餓鬼」

「?」



未だよく理解出来ない名無しは自然と上目遣いになったまま小首を傾げる。神田は不覚にもくらりと少し理性が砕けた。
一瞬踏ん張ろうかとも思ったがなにせこの状況。それに雰囲気。昨日からずっともうよく我慢したと自分を賞賛したいくらいだ。だいたい昨日の不用心な行動にも少し、お仕置きが必要なはず。

神田の脳裏であっさりと都合の良い答えが導き出された。そしてこれから戴こうとするなんとも美味そうな白い耳朶に唇を寄せる。



「欲しいんだろ、餓鬼」

「え…あっ、んっと」

「なら今から作るか……?」

「なっ!?あ…違っ」



(待って待って、ベッドの上なんて恰好の場面に神田さまの意地悪スイッチが入ったら……!)

名無しはやっと状況を飲み込んでひとつ遅れて抵抗するも、何か言葉を紡ごうとしたうるさい唇を先に神田が強引に塞いだ。そしてぽかすか胸元を叩く細い腕を片手でひとつに纏めると、余った手でリボンを解く。そしてわざと名無しへ不安を扇いで今なにをしているか分からすようにゆっくりゆっくり、堪能するようにボタンを外してゆく。名無しは羞恥で真っ赤に頬を染めた。



「やっ……!」

「嫌、じゃねえだろ。ごめんなさいだろうが」

「なん、でですか…っ」

「まだわかんねえのか。わかるまで止めねェから」

「やだぁっ」



そして全て外し終えると手のひらで撫でるようにして邪魔になったメイド服をするりと剥がした。そして桜色のレースがついた下着から手を忍ばせ、そこから僅かに覗く白くてやわらかそうな胸に手を乗せて包み込む。
名無しは涙を溜めて温かい手のひらがこれからなにをするのか心配そうな瞳で神田をどこか縋るようにみつめる。神田はそんな名無しをせせら笑うかのように、名無しにまで見えるようにしながらひとしきり吸い付いてくるほどなめらかな肌や感触を堪能した。
……我ながら趣味の悪いこと。だけどその不安そうな表情が堪らないのだ。

主張した赤い突起を指先で摘めばびくっと敏感に身体を跳ねさせ、今までよりもずっと甘美ですがりつくような可愛らしい声を漏らした。
名無し自身もびっくりしたのかひとつ遅れて真っ赤な顔で口元を隠す。



「だっ、ダメですってば……!」

「うるせえよ」

「んぁっ」



名無しは自分がどうなってしまったのかよく理解出来ないまま神田に翻弄されて甘い刺激に悶える。やっと昨日からの鬱憤が少しは発散出来たがまだまだ足りない足りるわけがない。
神田の手が悪戯に滑る度に恥ずかしいくらい口から漏れる嬌声を塞ぐように、名無しは自分の人差し指を唇で挟んだ。神田は苦悶に歪む表情を見下ろしながら親指で下着をずらし、そこからぴょこっと愛らしく主張した赤く膨らむ突起を口に含んだ。



「ひぁっ!まっ、待って、」

「待てるかよ。……ずっと我慢した俺の気持ちにもなれ」

「ず、ずっと……?」

「こんなにおあずけされたのは生まれて初めてだ」



(……こんなに欲しいと思ったこともな)

神田は瞳を伏せると、名無しの首元に顔を埋めてぎゅっと今までに無いくらい愛おしそうに抱き寄せた。そして肩から背中、腰へゆっくりそのラインを触れ確かめるように手のひらを落としてゆく。

……ああ苛つく。どうしてこんな鈍臭い奴にこの俺が焦がれなきゃきけないのか。



「神田さま……?」

「お前の所為だ」

「へ、」



神田はその白い胸に唇を落としわざと少し痛いようにしてちゅっと赤い所有印を咲かせてから、まだ足りないお仕置きに名残惜しく思いながらも名無しの服の胸元を直してやった。
てっきりまだなにかされると思っていた名無しは意を抜かれたような驚いた表情で見上げた。それを見て神田はにたりと意地悪に笑う。



「なんだ、まだなにかして欲しかったのか?」

「ちっ違います!」

「へえ?」



名無しは真っ赤な顔をしてぶんぶんと首を振り必死で否定する。神田は一瞬窓から注ぐ光を睨んで、ようやく身体を起こした。そして何事もなかったかのように涼しい瞳で落ちていたシャツに腕を通し、キュッと黒いネクタイを締める。神田は起床の準備が整うと横目でちらっとベッドに座る名無しを見やった。



「面倒だが糞兎のせいで隣国の橋渡しする可能性がある。そん時はお前も同行しろ」

「…………」

「オイ聞いてんのか」



ぴょんと寝癖をつけたまま余韻に浸っているのか紅潮した頬を抑えてぼぉっとこちら見やる名無しの額を指で弾く。ピシャっと良い音をたて、予想より綺麗に入ったらしく名無しが涙目で「なにするんですかぁ!」と叫んだ。