土曜日
「うっわもう朝来ちゃったよ……」
広くなったベッドで無理に目を瞑りシーツを被るも何処か神田くんの香りがして私は結局一睡もすることが出来なかった。
どんなに眠ろうとしても昨日の出来事が瞼の裏で何度も何度も反芻して安眠を妨害するのだ。あの時の神田くんの真剣な瞳とか、息遣いとか、心臓の跳ね上がるような低い声が言葉が何度も再生して巻き戻しの繰り返し。
思い出す度ずっと心臓がせわしなく煩く脈打つのだ。
神田くんめ、居ないというのにここまで私を苦しめるとは。
「あー、ご飯食べよう」
そして咄嗟に振り返って仏頂面を探した私は絶対馬鹿以外の何者でもない。だから神田くんは今居ないんだってば。
やけに長く感じる廊下を抜けて食堂へ向かい、前に食べ損ねたサンドイッチを頼めば私を見つけたラビが此方へ大きく手を振った。
隣の席につけばラビは朝からがっつり焼き肉を食べていてなんだかこっちが食欲が減る。重たいなあ。
「おはよう名無し、ユウ今回ティエドール元帥と任務だってさ」
「へー」
「えっ!あれ?何も言わねえの!?」
「何がですか?」
ラビは拍子抜けしたように瞠目して丸くした隻眼で首を傾げた。
「前だったら『元帥となんて羨ましいです神田くん変われよー!』とか言ってたのに」
「…………」
そうだ、何時も私元帥に絵教えて貰いたくて必死で、神田くんなんかティエドール部隊で羨ましいなとしか思ってなかったのに。
なんでだろう今、は
「それより、神田くんに逢いたいです」
「ええっ!マジで!?」
ラビは大きく仰天して箸で摘まれた焼き肉をぽろりと盆に落とした。
ああ落ちましたよ勿体無い!と、私は思わず口を突くも彼はそれすら気付かずに噛み付くような勢いで前のめりに煩く私に食いついた。
「なになに!名無しやっとユウ好きになったの!?」
「はい
……って、えええっ!?」
「名無しー!そうかそうか、やっとだなー!」
「ぎゃー!ちち違うよ違うって!な何言ってんの、やっぱラビって馬鹿なの馬鹿ラビなの!?」
「まあそう恥ずかしがるなって!」
ラビはにやにやとムカつく笑顔を浮かべ私を小突いた。慌てて繕ってもラビは尚へらへらしてて、その阿呆面殴ってやろうかとも思ったけど次第にかっかと顔に熱が集合して頬が紅潮していくのが自分でも分かった。
違うのに!こんな反応とったら肯定の意味にとられちゃうのになんなの私!
「そ、そんなふしだらな心持ち無いですから!」
「またまたー」
「大体『やっと』ってなんですか!私馬鹿ラビにそんなこと言った覚え無いですよ!?」
「それはユ、…っあ!」
「へ?」
「えっと、…勘!そう勘さ!なんとなくそう思ってただけで!うん!」
「……はぁ」
「じ、じゃ俺先行くさ!ごめんなー」
「えっラビー?」
ラビは残りのご飯をかき込み沃さと食堂を後にしてしまった。なにそれ!
取り残された私もまたさっさと朝食を胃に詰め込んで片付けてしまって、一人で部屋に戻りベッドに飛び込んだ。
ラビ変なの、さっき何言いかけていたんだろう。
私って、やっぱり神田くんのこと好きなのかな?
いやそんなふしだらな!
でも昨日のあの時あまり嫌じゃなかった、だからなんだかそのまま雰囲気に流されちゃって、あのままでも良いかなって、えっまさかまさか、
「っうわあああ!何考えてんの私!いやいやダメだって!」
「わあ!吃驚した、名無し突然叫ぶから」
「ああごめんねー
……ってなんで居るのソーイくん!?」
ソーイくんはへらへらしながらベッドに座る私の隣に腰を下ろした。いや違うよ、なんでリラックスしてんの。
「ちゃんと鍵閉めましたよ!?」
「あはは愛故っすよ」
ばっと私の部屋の入口を見やれば外の景色が鮮明に見えていて、何時の間にか部屋の薄いドアは見事に消失していた。
それ愛じゃない!強行突破だ!
何しに来たんだこの人。
「今日神田さん居ないって聞いて、」
「はぁ」
「チャンスかなって」
「何、が?」
「えっ訊きます?」
途端に肩を掴まれぐるんと視界が反転した。違う、ソーイくんに組み敷かれていた。
ソーイくんは恍惚として私の頬にかかった髪を避ける。
こ、これは!
「や、止めようよこういうの!」
「もしかして初めてっすか?俺上手いですよ、やってみます?」
「やあっ!」
頬に添えられた手に力が入って、いやいやと首を振って拒む私を阻止する。
するすると堪能するように降りていった手のひらが胸に乗っかった途端私はやっと状況を把握した。
犯される!
気付いた途端足掻くも身包みを剥いでゆく手を抑えようにも男の人の力にかなう筈なんかなくて、あんなに護身術も習ったというのにパニックで動けなくて、次第に恐怖に身体が冷たく震え出し上手に呼吸が出来ない、声だって出なくて、撫で回される手にどうしようもない絶望と不快感が苛む。
「っんあ止めてっ」
「ずっと好きだったんすよ、名無し」
こんなの嫌だ、違う間違ってるよ、誰か誰か助けて、
神田くん、
「何してんだこの阿呆金髪がっ!」
「ごふぉっ!」
「!」
瞬間ソーイくんは清々しいくらいありったけの力で殴られて凄いスピードで私のアトリエへ飛び壁に叩きつけられた。
そして私の前に今居るのは、眉間に皺を刻んでぜいぜいと大きく肩で息をした、
「神田くん!」
「おい他の男に隙見せんなっつってんだろうが!
……っ!?」
神田くんはまだ怒ってるけど逢えたことが、来てくれたことが嬉しくって飛びついて首に腕を回せば、神田くんは仕方ないと長い溜め息を吐いてから私の乱れた服を直し優しい大きな手のひらで頭をくしゃくしゃと撫でて、アトリエで倒れ込んでいるソーイくんの方を見やった。
ああ私の作品がぐちゃぐちゃだ、なんて今は言えなくてそれよりソーイくんへの悲しみでいっぱいだ。
なんでこんなことになったんだろう。
「おいお前、」
「いってぇ、げほっごほ、」
「絵描きたいならうちの元帥がみっちり扱いてやるって言ってたぜ」
「え」
「おら行って来、い!」
神田くんがしてやったり顔でにいと口角を吊り上げて笑い、ぴしりと硬直してしまったソーイくんの首根っこを掴み上げると勢いそのまま開けっ放しの玄関に放り投げやった。
「神田くん、」
「あ、言っとくがお前は行くなよ、……俺が連れて行ってやるから」
「はい」
神田くんの耳朶はやっぱり赤く染まっていて、思わず笑えばちょっとだけ不機嫌な顔して抱き寄せられた。
腕の中ってこんなに安心すると思わなかった、
「こ、怖かったよっ!」
「アイツがお前の部屋行ったって聞いて急いだけど遅くなった、すまん」
「ううん、神田くんが来てくれて……良かっ、たぁ」
「………馬鹿」
安心した途端今更遅れてぽろぽろ零れ出した涙を神田くんは困ったような顔して不器用に親指で拭い取ってゆく。
「名無し、何もされてねェか?」
「うん、軽く触られただけですから」
「チッ、あの野郎やっぱ殺す!」
「ダメですよ!」
「でもお前が嫌がるから、」
「……ありがとう」
やっぱり神田くんは怖い人じゃない、中性的でもない、猫なんかじゃあない、
男の人で、
私の中で特別な人、みたい
色恋の土曜日!
(心臓が爆発する!)
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