月曜日

「こりゃまあ」

「……コムイの奴絶対刻んでやる」



私の部屋に向かう途中に通った神田くん部屋跡地はまさに瓦礫の山と化していた。言葉を失い立ち尽くす神田くんの隣でそっと合掌して、悲運な部屋に黙祷すれば神田くんはちらりと一瞥してこいつ頭大丈夫かみたいな視線を送られた。なにそれなんで。
すると後ろからなんとも愉快そうな声が奇禍に合い打ち拉がれた彼を追い込むように神田くんに投げやられた。まるで命知らずの凄い度胸に何奴だと振り返れば、



「あ、ホームレス神田じゃないですか」

「アレンくん!」

「チッ!」



今思いっきり舌打ちした神田くんの後ろに般若見えた、というか絶対居た!
あんなおぞましいものを神田くんは身体の中に飼ってるのかとぶるぶる震える私と相反してアレンくんも引けをとらずどす黒い雰囲気を纏い家無き子の神田くんを嘲笑する。



「日頃のツケですよね、まあ野蛮人の君なら野宿しても大丈夫ですよ」

「喧嘩売ってんのか」

「止めてくださいって!神田くんは暫く私の部屋へ移住するから安心して下さい」

「えええ!」



ばっ!と此方を向き物凄い形相のアレンくんが私にこいつ頭大丈夫かみたいな視線を突き刺した。いやだからなんで。爾後、しれっとした表情で一本取ってやったみたいな優越感を孕んだ恍惚とした神田くんの瞳は多分今夜辺り夢に出て来るだろう。



「危ないですよこんなむっつりふんどしと相部屋なんて!」

「お前と一緒にすんな」

「大丈夫です、なんか神田くん仙人の域に達してそうだし」

「なんですかそれ」



そうだ、私は自分の貞操なんかより命の危険しか感じていないのは恐らく彼のしなやかな中性的美人な容姿と、人間味が無く欲望を欠如させたようなストイックさ故だろう。なんというか、神田くんって性欲無さそうな先入観。てか六幻とデキてるんじゃないかな。



「いや神田だって所詮性欲の塊ですよ!こんな奴名無しの部屋に放置して君は僕の部屋に来たらどうですか?」

「煩せえ阿呆モヤシ。誰が行かすもんかよ。オラ行くぞ」

「う、わ」



神田くんがしれっとした瞳でアレンくんに一言突き付けるとすかさず私の手首を取りぐいぐいと歩み出した。
少し早い足取りに私は思わず小走りになってしまうも後方で「バ神田ー!」と怒鳴る小さくなったアレンくんに軽く会釈して私はちょっと痛いくらいに握られた手首がこのまま千切れてしまわないよう凛と伸ばされた背中を追い掛ける。

だんだんと自分の部屋の近くになってきた中、神田くんは私の部屋の位置を知っているのか迷い無く前をただ向き歩む。そして私はというとふとあることを思い出して今更ながらにさあと身体中の血液の引く音が鼓膜に響かせていた。
……そういえば、私の部屋って二人も衣食住する面積無いくらいもの凄い汚いぞ。

尚もつかつかと歩みを止めない神田くんの艶やかな結われた髪が右に左に揺れるのを見ながら私は恐る恐る彼のご機嫌を伺い如何せんどうやって伝えようかとなけなしの知恵を絞った。



「……か、神田くん、スッゴい部屋汚いけど大丈夫です?」

「気にしない」



そう言われ少し安堵した直後、彼は私の腕を掴んだままパンドラの箱とも言える部屋の扉を勢い良く開けば刹那えも言わずぎょっとした表情で眉根を顰めた。ああやっぱりー!私は心中で大きな溜め息をついた。
それは悪い意味で期待を裏切って女の子の謙遜を配慮した上での予想を遥かに上回ったらしく、神田くんは唖然としたまま私の居心地悪く真横に引き伸ばされた笑顔を見詰める。
狭い四畳半程の部屋には油絵の具とキャンバスが散乱しており、一重二重に重なるクロッキーがフローリングを隠し白く染め上げていた。自室とアトリエの融合、なんて言ったら美しい芸術家を連想させるかもしれないが要は片付け嫌いの塵部屋なのだ。



「ま、まあごゆっくりどうぞー」

「…………」



とりあえず散らばったデッサン用紙を掻き集めて部屋の床を確かめるように探った。あ、良かった茸とか生えてなくって。
神田くんは閑散として浮き世離れした空間を奇異な瞳でじろじろと見ながら唯一まだ辛うじて綺麗なベッドに腰掛けた。



「お前、窓際と部屋側どっちが良いんだ?」

「はい?」



質問の意味がいまいち理解出来なくて神田くんに聞き返すも彼はまだ辺りを見回し端麗な横顔を此方に向けたまんまだ。



「寝床だ。俺は部屋側が良いから」

「はっ!?」



しまった!

私はやっと自らの過ちに気付いた。こんな狭い自称アトリエ部屋に二人が眠るには、このベッドで一緒に寝るしかないということに。



絶望の月曜日!



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