あれからその次の日もそのまた次の日もシャーロックと会った。
会ったというか、一方的に私から会ったんだけど。
でも飽きることなくシャーロックは私の話に付き合ってくれた。
シャーロックが飽きても私は話し続けるけど。
でもそれも最初だけで、同じ学科に友だちも沢山できた。
今では両手では数えきれないくらいで、毎日のように大学が終わればロンドンの街を友だちと歩いた。
映画を観たり、パブに行ったり、服を見たり、CDショップに行ったり。
田舎育ちなので興味のあることばかりで、毎日が私を楽しくさせた。
シャーロックとは学科が違うし、私と話してはくれるけれど、なにかの実験中だったり、本を読んでいたりとか兎に角シャーロックは忙しい。
いつもなにかしてる。
最近会うっていっても廊下ですれ違うくらいで。
「しかも早足でその場を去ろうとするから流石に寂しいなと思って」 「それでここに来たのか」
勝手にしろと言わんばかりの顔。
あ、もう20:00を過ぎた。
「もしかしてまだそれやるの?」 「ここは家とは違って全てが揃っている」
手際よく実験しているのに私がうるさく話しかけても嫌な顔せず応えてくれるし、私をここから追い出したりしない。
ここ数週間でシャーロックは変わった。
最初は私に対してギャーギャーうるさかったけれど。
でも相変わらずシャーロックは嫌われ者だった。
いつも闇に落ちる瀬戸際をシャーロックは歩いているみたいで、怖かった。
だから頻繁に会って、私は確かめているのかも知れない。
そんなこと言ったらシャーロックはまたいつものように鼻で笑うだろうけど。
「ねえシャーロック」 「なんだ」 「お腹すいた」 「僕はすいてない」 「私はすいてる。だから一緒に外食しようよ。この前友だちにいい店教えて貰ったんだ」 「そうか。一人で行ってこい」 「…」
シャーロックに出会ってからこの短期間で技を身につけた。
シャーロックはごり押しにとても弱いところがある。
本人は気づいていないだろうけど。
「お願い!そこの店一度行ってみたかったの!」 「…」 「友だちに誘われたけど、いや、友だちとも行くけど、私はシャーロックと行きたい」 「…」 「お願い!」
ふふ、どうだこのごり押し作戦。
効果ありの顔だなシャーロック。
顕微鏡を覗いてるけど実は考えてるんだなシャーロック。
「…わかった」 「えっ、本当?」 「ならさっさと行くぞ」 「わーい」
なんだかんだ言って優しいシャーロックはコートを羽織った。
薬品たちには申し訳ないけど、実験されるの明日になるよ。
私もマフラーを巻いてシャーロックの背中を押すように研究室を出た。
外はすごく寒かった。
でもシャーロックと一緒に外食なんて初めてだから寒さなんて感じなかった。
友だちが紹介してくれた店まで少し歩かなければいけなくて、シャーロックは不機嫌になるかなと思ったけどそうでもなかった。
お互いずっと無言だったけど、シャーロックと一緒にいるうちに慣れた。
なんだか沈黙をシャーロックと分け合っているみたいで。
その店に着くと、窓際の席に案内された。
「シャーロックはなにがいい?」 「サラと同じのでいい」 「えー」
面白くないから違うのを適当に選んで頼んだ。
最近変わったことといえば、シャーロックが私のことを名前で呼んでくれるようになったこと。
お前、とかおい、とかばかりで、私が名前で呼んでと言ったら呼んでくれた。
こんな少しのことだけど、変わった。
「シャーロックのそれ、美味しそうだね」
シャーロックは食べるのが遅い。
私が早すぎるのかも知れないけど。
フォークで皿を指すと、シャーロックは自分の皿を私の方に差し出した。
「え、食べないの?」 「サラのを食べる」 「…」
交換だ、と言いながら私の皿を持っていった。
こんなこと家でしたら間違いなく死刑だよ、と言えば、ここは家じゃない、とシャーロックは言った。
そこで少し、シャーロックが笑った。
シャーロックの笑い顔は一瞬でわかりにくいけれど、今のはちゃんと見えた。
綺麗な顔してるから、もっと笑えばいいのに。
そう言ったらまた当分笑わなくなるから黙っとく。
「美味しかったね」 「まあまあだった」 「素直に美味しいって言いなさいよ」
もう街はすっかり暗くなっていた。
店で話しすぎたかな、私が。
でもシャーロックと会ったのも久しぶりだし、結構楽しかった。
「また行こうね」 「…ああ」
夜になっても人は多い。
私とシャーロックは押し流されないように並んで歩いた。
22 July 2013. Masse
"いつも闇に落ちる瀬戸際をシャーロックは歩いている" スティーヴン・モファットさんの言葉をお借りしました. 確かこんなことを言ってた気が(うろ覚え). ちょっと変えています. |