ポン、とケータイがメールを受信した音が鳴った。

見てみるとそれはシャーロックからだった。


<< 今何処にいる。>>


シャーロックらしい飾り気のない内容に私は思わず笑う。

まあ私も人のこと言えないけれど。


<< 図書館。どうしたの? >>


そして数分経ってメールが返って来た。


<< 別に。 >>


なんだよ素直に言えよ、と思いながらケータイをポケットに入れて図書館を出た。

冷えた廊下を早足で歩く。

勿論向かう先は研究室。


「ーーああ、来たのか」
「来て欲しいなら来て欲しいってメールしてくれたら良いのに」
「別に来て欲しいって思っていない」
「あーそうね」


これの何処が恋人なのか時々自分でも聞きたくなる。

ちょっとくらい素直になってくれても良いんじゃない?とか思っても今のシャーロックは恋人になる以前のシャーロックと変わりない。

でもこの方がシャーロックらしいから良いけれど。

でもまさか私がシャーロックと付き合うなんて思っていなかった。

でもそれ以上に嬉しい気持ちがあった。

毎日胸が踊っている、なんてシャーロックに口が裂けても言えない。


「初めてのメールだよあれが」
「…そうだったか」
「連絡交換して一生メールしないかと思った」


冗談っぽく言うとシャーロックは少し笑った。

私の中でその表情が一番好きだ。

中々その表情は見れないけれど、だから価値があって、見れたら凄く良い気分になる。


「ねえ、映画観に行かない?友達からチケット二枚貰ったから」
「…」
「駄目?」
「…別に良い」


シャーロックが友達から恋人になって、シャーロックを見る目が変わったし多分シャーロックも私を見る目が変わったと思う。

勿論それだけじゃなくて、見る風景全てが変わった。

街も物も人々も。

シャーロックの隣を歩いていて、今の風景をシャーロックと共有しているんだ、と思える。

それは凄く幸せなことだと思った。

自分の見ている世界だけじゃなくて、シャーロックの見ている世界までも見える気がする。



***



大学を出ると、私はシャーロックの大きな手を握った。

恥ずかしかったけれど、シャーロックの顔を見れば頬が少し紅かった。

寒さのせいじゃないと思う。

そう思ったら自分も段々紅くなってきて私は真っ直ぐ前を向いた。

これじゃあ周りから見れば只のティーンだな、と思っていたらシャーロックが握っている私の手を一緒にシャーロックのポケットに入れてくれた。

嬉しくて私は思わずぎゅっと手を握るとシャーロックは握り返してくれた。

十二月の寒さなんて感じなかった。

感じるのはシャーロックの暖かい体温だけ。



***



映画を観終わったのは九時をとうに過ぎていて、辺りは真っ暗だった。

映画館から私の家まで二人で今日観た映画の話をした。

手はずっと握られたまま。


「送ってくれてありがとう」
「ああ。年末は帰るのか」
「多分帰らないと思う」
「そうか。…またメールする」
「…うん、待ってる」


会話しないと、シャーロックが帰ってしまう。

そんなことが頭に浮かんでも、すんなり握っていた手は離れて。

お互い名残惜しそうに手を見たのが可笑しかった。


「もう年が終わるね」
「数字が変わって歳を取るだけだ」
「まあそうだけど、」


シャーロックに一歩近付いて、もう一度シャーロックの手を握る。


「キスして」


そっと手を握り返してくれたのを合図と思って私は目を瞑る。

そして私の唇に、冷えたシャーロックの唇が触れた。

ーー離れたくない。

なのに時間ばかりが過ぎて行く。

これが只の記憶にならないように出来ないのかな。

唇が離れて見つめ合うと、どちらからともなく抱き締めた。

お互いの体温を覚えるように。

私の心臓もシャーロックの心臓も脈が早くて。

シャーロックの肩越しに見た夜空は雲一つなかった。


29 December 2013.
Masse


家に帰って、今日やり取りしたメールをこっそり保存するシャーロック.
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