僕はまた見慣れた道を歩いていた。
風景だけ見るとあの日と全く同じの真っ白な風景。
だが僕の片腕には大袈裟に包装された物が持たれている。
あの日、サラに会えなかった日、僕は一旦家に帰って考え直した。
さっきまで昂ぶっていた感情も家に帰ると冷静になってくれた。
暖炉の火を眺めながら指を組み考える。
あの日あのままなにも考えずに、用意せずにサラに会いに行っていたら。
変わらず今のままの僕だったかも知れない。
僕に欠けているものとはなんだ。
今までの僕にはなかったものは。
それによってサラが傷付いたんだ。
探さなければ。
僕のマインドパレスにはまだそのデータがない。
ああ、君だけだ、こんなにも僕を。
***
捻り出した考えは結局今片腕に抱えている物だった。
サラが気に入りそうな物、好きそうな物を買うこと。
しかし全くわからなかった。
あれだけ一緒にいて、なんて情けない。
どうでもいい他人を観察するのは得意なくせにサラのことになると全く駄目じゃないか。
馬鹿みたいに雑貨屋を何件回ったか、思い出したくもない。
包装した店員が「いいクリスマスになるといいですね」と言った時には僕は頭を抱えたくなった。
ーーなんで僕が。
さっきからそんなことが頭を過るがそれよりももっと大切なことがある。
今度は躊躇いなく重いドアノッカーを鳴らした。
早まっていた呼吸を抑えるように冷たい空気を吸う。
「…シャーロック、」
久しぶりに見るサラはもうあの傷付いた顔をしていなかった。
少し、髪の毛を切ったのか。
僕は目を細める。
「中に入っても?」 「うん」
初めて入るサラの家に僕の思考を乱されないように進む。
ーー観察するな、今は。
今はサラだけを見るんだ。
リビングに出て僕が振り返ると聞こえて来た言葉は意外なものだった。
「シャーロック、もう私気にしてないよ」 「…、」 「だから、」
ーーああ、君も同じだったのか。
僕も君も同じことを考えていたんだ。
このあやふやになった関係をどうにかしたくて、良い方向にどうにかしたくて。
お互い失いたくないと思っていた。
君を失いたくないから、僕はこんなにも愚かになったんだ。
君も見てわかるだろう、自分でも笑えるくらい。
「シャーロック」 「…僕は」 「うん」 「君を失いたくない。でも僕は君に同じことを求めていない、だがこれだけは知って欲しい」
すぐ近くにサラがいる。
縮まった関係を示しているみたいで脈が早くなった。
ちゃんと僕の言葉を待っていてくれている。
「君は僕の、唯一大切なひとだ」
長い睫毛が揺らぐ。
そうなんだ、僕も君と一緒の気持ちだ。
こんなにも想いを伝えるのは難しくて苦しい。
「愛してる」
こんな言葉、死ぬまで言わないと決めていたし言うことなんてないだろうと思っていたのに。
こんな早く言うことになるなんて。
この僕が。
だがこれで最初で最後だ。
これはサラにだけ言える、唯一の言葉だ。
「何故泣くんだ?」 「いや、これは嬉し泣き」 「そうなのか」 「だってシャーロックがそんなこと、言うなんて思ってもみなかったし」
可笑しいわ、と笑うサラの頬に伝う涙をぎこちなく拭った。
そしてサラの匂いに引き付けられるように抱き締めた。
君を守らなければいけない使命感と、 ああ、やっと動き出した。
止まっていた時間が動き出したんだ。
言い表せない幸福感が僕を満たす。
「これ、なに?」 「…あぁ、これは」 「私のプレゼント?」 「そうだ」
今となっては不要な物でしかなかったが、サラは嬉しそうに包みを開け始めた。
そんなサラの様子を見詰める。
箱を開けるとそこには二つマグカップが入っていた。
バッとサラは僕を見たから、僕は目を逸らした。
もうプレゼントはしない、こんな恥ずかしい思いをするのは御免だ、と静かに思う。
「これシャーロックが一人で選んだの?」 「だったらなんだ」 「一人で選んでるところ見たかったー!惜しいことしたなあ」 「ふん」 「ありがとうシャーロック、嬉しい」 「…ああ」 「マグカップ二つあるから一つシャーロックが使ってよ」 「は?絶対使わないぞ。それは女用だ」 「そんなの決まってないし、ね?良いでしょ。メリークリスマス」
結局いつも通り僕が折れ、コートのポケットは大きく膨らんでいる。
街はすっかり元通りになり、でも何処か落ち着きがない。
もうすぐで年が明けるからなのか、今の僕が落ち着きがないからそう見えるだけなのか。
この一年で少しはこの街が好きになれたかも知れない。
それはきっと僕が変わったからだろう。
そしてその僕を変えさせたのはサラだ。
確かに以前は僕の心の中に空っぽな場所があった。
だが今はそこに君がいる。
確かにそこに君がいる。
18 December 2013. Masse
シャーロックが可愛いマグカップを愛用しているのを兄マイクロフトは微笑んで見守ってます. |