エドワードとは朝本屋で出会った。

クリスマスだからと言って何かすることもなかったから、行きつけの本屋へ足を向けたら偶々。

ふと見てみるとガラス越しにエドワードがいるのを見つけた。

ぴたりと私の足が止まる。

なんだか今は会いたくなかったから、かも知れない。

しかしすぐエドワードが私の目線に気が付いた。

エドワードはハイ、と軽く手を上げて私に挨拶した。

私はそれに微笑み返す。

エドワードは持っていた本を棚に置き、店から出て来た。


「やあ。良くここ来るの?」
「うん、ここ何でも揃ってるからね」
「確かに。本、見なくて良いのか?」


本当は見たかったけれど、偶々前を通っただけだと私は言った。

そこから自然と私の家まで私を送ってくれることになって、私とエドワードの間に会話が生まれる。

でも決して昨日のことにはお互い触れなかった。

私を見てもう大丈夫とわかったのか彼はいつものエドワードで、楽しそうに話してくれる。

でも私はシャーロックのことが気になっていた。

あやふやだ。

この思いもシャーロックとの関係も。

シャーロックは今頃なにをしているんだろう。

もう昨日のことなんて忘れたのかも知れない。

私が去って行く時の、シャーロックのあの表情が浮かぶ。

傷付いて、酷く不安そうなあの表情が。

でも意外と何もなかったような顔をしているのかも知れない。

そう自分で思って、少しがっかりした。

シャーロックがあんな真剣に私を見てくれたことが嬉しかったから。

そして行くな、と言ってくれたから。

間違いなく私はそれに心を動かされた。

でも自分は一体なにがしたいのかわからない。

シャーロックの好意に気付いているのに、今私の隣にいるのはシャーロックではない。

そして彼も私に好意を持っている。

でも私は、私に必要なのは、


「サラ?」


気が付くともう家の前だった。

私の様子が可笑しかったのかエドワードが私の顔を覗き込む。

ーーピーター、

そう言いそうになったのを慌てて呑むこむ。

サァッと血の気が引くのがわかった。


「…折角だしお茶でもどう?」
「良いね」
「じゃあ入って」


でも完全に思い出せないでいた。

陽射しで輝くあの綺麗な金髪だけが残っていて、彼の顔が、彼の声が思い出せない。

私は何故かそのことに慌てていた。

考えてみればもう何年も彼を見ていないのだから普通なことなのに。

お互いを忘れることを覚悟した上での約束だったのに今では、

と考えて軽く頭を振った。

考えると切りが無い。

キッチンで準備をしていると、ドアノッカーが鳴った。


「僕が出ようか?」
「あぁ、ごめんなさい」
「いいよ」


外ではぱらぱらと雪が降り始めた。

12月も、もう終わって年が明ける。

年が明けると夏が来て、その清々しい季節はすぐ終わり、そして鉛色の季節がまたやって来る。

その間に私はなにを成し遂げているのだろう。

今までの何十年間、なにか成し遂げたことはあったか。

正にこれからだと言うのに、私はそう思って仕舞って気が落ち込む。

最近こんなことばかりだ。

ーー過去に拘っているみたいで。

するとエドワードが戻って来た。

誰だった?と聞けば、住所を間違えたみたいだったよ、と彼は答えた。

ただ彼は何処か不機嫌だった。

私は気のせいだろうと思い、紅茶が入ったカップを運ぶ。


「ありがとう、いい香りだね」
「この紅茶好きなの」


そう言ってエドワードの向かいの椅子に座る。

紅茶はいい。

さっきのごちゃごちゃした感情が整理されていくみたいで好きだ。

そして視界に入った彼の金髪は相変わらず綺麗だなと思う。

金髪にダークブルーの瞳。

なんで、なんでこんなに似ているんだろう。


「ーーサラ」
「なに?」


この真剣な瞳はシャーロックとは何処か違う気がした。


「僕と付き合って欲しい」


僕は、君が好きだ。

握られている彼の手から熱が伝わって来る。

私はその真剣な彼の瞳から逸らさずに考えた。

私は彼を見ていない。

本屋で会った時も、私はエドワードではなく彼を見ていたのだ。

エドワードを見ている振りをして、ずっと私はピーターを見ていた。

残酷だけど、理由はピーターと似ているからに他ならない。

エドワードとピーターは違う。

違うとわかっているけれど、私は無意識にピーターだと思って話し掛けたりもした。

エドワードは大切なひと。

けれどエドワード以上にピーターは私の中の大切なひとだから。

彼だけを見ていたし、彼だけを想っていた。

何処かで出会うんじゃないかと思ってずっとその姿を探し続けていた。

でも諦めた時、エドワードが私の前に現れた。

彼の存在がピーターの存在を大きくした。

彼から何度も離れようとしたけれど、唯一彼がピーターだと思えるひとだったから。

彼の面影が恋しかった。

でも面影に過ぎなかった。

表情や声や仕草を忘れても、彼のことは忘れられない。

好きだから、ではない。

大切なひとだから、だ。


「ごめんなさい、エドワード」


少し間が空いて、エドワードはそうか、と少し笑った。

わかっていたんだな、とエドワードを見て思う。

酷く自分が嫌になった。

人を好きになる度、思う。

後悔はない。

いつまでも私の心の中にいるのは彼だけ。

奥底深くに確かに彼はいる。

ピーター・ギラムが。


「君と出会えてよかった」


私も、出会えてよかった。

貴方と出会って、もう彼はいないとわかったから。

雪はもう止んでいた。

窓から真っ白な景色が見える。

この景色みたいに今までの記憶を真っ白にして、もう一度やり直せたら。

誰一人傷付くことはなかっただろうに。

そう思ってゆっくり息を吐いた。


13 December 2013.
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