中庭はもうすっかり落ち着いた雰囲気になっていて、人気も少なかった。

私はエドワードに連れられ、人からは死角のベンチに座った。


「ホームズに、何を言われたんだ」


私の腕を掴んでいた手は離され、そっと手を重ねられた。

そして空いている方の手でハンカチを取り出し、涙で濡れた頬を優しく拭いてくれた。

ダークブルーの瞳が私の顔を覗き込む。

私はそれに答えるようにぎこちなく笑った。


「ホームズと仲が良いことは知っていたよ。でも泣かせるなんて」


そう言って彼は哀しそうに笑った。

殴ったことを後悔しているんだろうか。

私とシャーロックが仲が良いから。

でも今はシャーロックとの関係がなんなのかわからなくなった。

もう元に戻れないかも知れない。

お互い、酷いことを言ったから。


「大丈夫。喧嘩したの、これが初めてじゃないから」


嘘だった。

シャーロックとは今まで一度も喧嘩したことがなかった。

だからどうすればいいのかわからない。

怖かった、シャーロックに背中を向けたとき。

でも今は前と違ってシャーロックの想いに気付いてしまった。

それも怖い。


「殴られたのも多分初めてじゃないだろうし」


そう言ったらエドワードはいつものように笑ってくれた。

ぎゅっとエドワードの大きい手を握ると、驚いたのか目を見開いた。

ーーねえ、昔こうやって二人でこっそり逢瀬したの覚えてる?

そう言ったらエドワードはもっと驚くかな。

ピーター・ギラムっていう私の幼馴染みに瓜二つで、おまけに声までもそっくり。

でももう会えないんだけど、と心の中でエドワードに向けて言った。

もう過去の人は忘れて、目の前の自分を想ってくれている人を好きになれば、と誰かが言ってる気がする。


「寒いね」
「うん」


エドワードは着ていた上着を私の肩に被せ、そっと抱き締めた。

彼への想いもこの数年間の辛さも今の淋しさも、この暖かさで溶けたらいいのに。


**


パーティーが終わり、生徒が帰る頃には私達は帰路に着いていた。

まだ騒がしい街を見て、今日がまだイヴだったことを思い出す。


「送ってくれてありがとう」
「ああ」


私は着ていたエドワードの上着を返す。


「もう、大丈夫?」
「うん、ありがとう」
「なら良かった」


暫く沈黙が流れたので私はじゃあね、と言った。

乱れた金髪が視界に入る。


「…おやすみサラ」


エドワードは私の頬に一つキスを落とし、私の髪に触れた。

今日はありがとう、と言ってエドワードは行った。

私は家に入り、冷えた身体を温めることなくベッドに入り、瞳を閉じた。


"もう帰らないと。今日はみんな帰りが早いって言ってた"
"今度はいつ会える?"
"わからないわ。でもすぐ会えるよ"
"…ああ"
"ねえ、ピーター"
"?"
"キスして"


遠い記憶にさようならを。


27 October 2013.
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