慣れないヒールを履き、自分で見て恥ずかしくなるようなドレスを着て、すっかり暗くなった中、一人大学へと向かう。
大学はすっかりクリスマスの雰囲気に染まり、生徒みんなが綺麗な格好をしていて、別人に見えた。
大学中に流れるクリスマスソングが変に私を緊張させる。
私は人混みに巻き込まれながらも中庭へと足を早めた。
約束の場所に着くと、エドワードはもう来ていた。
タキシードなんてみんな着てるから珍しくないけれど、エドワードはいつにも増して異彩を放っていた。
金髪は綺麗に整えられ、タキシードには皺一つない。
エドワードは私に気付くと笑顔を浮かべて歩いて来た。
「やあ」 「ごめんなさい、待った?」 「いや、丁度僕も来たところだ。…サラ、その格好凄く似合ってるよ」
自分の顔がボッと紅くなったのがわかった。
私の周りに異性なんていないに等しいし、しかも褒められることなんて今までになかったから、私は幼稚な反応しか出来なかった。
でもエドワードは気にも留めることなく私に言った。
「行こうか」
私はエドワードにエスコートされる形でパーティー会場へ向かった。
会場に入ると、今までの寒さとは逆に熱気で溢れていた。
やっぱり首席は目立つのか、会場に入った途端みんなの視線が集まる。
私は俯いたかったけれどなんとか耐えて、会場の中心まで来た。
ちらりと見たエドワードの横顔が酷く彼と重なった。
凛とした姿に私は何度も倦怠感に陥っている。
そんなことを知らないエドワードは私に微笑んでくれる。
指揮者が合図をすると、エドワードはさっと私の腰に手を当てた。
ダンスは昔から教えられていたので心配はしていないけれど、その分相手のことを気にしてしまう。
お互い目線を外さず機会的にダンスをするこの時間が、私は昔から嫌いだった。
でも好きな人を誘って、慣れない手付きでダンスをする。
ここでのダンスはそういう物だから楽しみにしていた。
目線が合えば笑って、周りの人とぶつかったりして。
でも私はエドワードの瞳を見つめることが中々出来なかった。
エドワードの瞳の奥に潜んでいる想いに気付きたくなかったから。
「何か飲み物を持って来るよ」
エドワードはそう言って歩いて行った。
すぐには帰って来ないから私は少し風に当たろうと会場を出た。
エドワードを見ていると、まるで彼を見ているかのように、心の隙間が埋まる感覚になる。
それは間違いだ、錯覚だとわかっているのに、何処かでそれを願っている。
こんな気持ちになったのは初めてじゃないし、もっと前から気付いていたのに、何故私は彼と近付こうとするのか。
ーーやっぱり、離れることなんて出来ないんだよ。
「サラ」
ここにいること伝えていなかったな、とエドワードだと思って振り返ると、そこにいたのはシャーロックだった。
「えっ、シャーロック?」
冷静に考えてみると研究室から大学を出るまでここの廊下を通らないといけないことがわかった。
でもそんなことより、何処かシャーロックの表情が険しい。
シャーロックがそこにいることに驚いたのではなく、何故そんな険しい表情をしているかということに驚いた。
考えてもわからないと思ったので私はシャーロックの言葉を待った。
「…こんな所で何をしている」
シャーロックにしては珍しい言葉だった。
私の格好を見て日付を考えて場所を考えると誰でもわかる筈なのに。
けれどシャーロックは敢えてそう聞いたように聞こえた。
何故敢えて聞くのか私にはわからなかったけれど。
「なにって…今日クリスマスパーティーだし」
なんだか、いつものシャーロックと違う。
前髪で見えないけれど多分眉間に皺が寄っているだろうし、口は硬く閉じられていて、目付きは鋭い。
シャーロックが本当に怒った時はこんな感じなのかな、なんて頭の隅で考えた。
「…こんな馬鹿らしいイベントによく参加したな」 「ーーシャーロック?」 「しかも、」
シャーロックが少し俯いたせいで前髪がシャーロックの半分を隠す。
独特の低い声で言われた言葉に私が聞き返したのが悪かったのか、シャーロックはこう付け足した。
「その格好全然似合っていない。その化粧も。ヒールを履くのはもう止めた方がいい」
そう言ったのがシャーロックだってわかってるけど、こういうこと平気で言うシャーロックだってわかってるけど、私は簡単に傷付いた。
その言葉は唯の付け足しってわかってるけど私は聞き逃せなかった。
段々視界がぼやけてきて私は涙を隠すように地面を見た。
途中シャーロックが肩から提げている鞄が見えた。
鞄に添えるようにしたシャーロックの手がきつく握り締められている。
力を入り過ぎて白くなっていて、微かに震えている。
でもそんなことはもう考えられなかった。
「君はあいつと出会って変わった」
シャーロックの言葉を最後まで聞く前に手で零れた涙を拭った。
化粧が落ちてしまうかも知れないけれど、もうどうでもいい。
シャーロックの言った言葉の意味が自分でもわかったけれど。
でも彼を、ピーターを思い浮かべて仕舞って私は震える声で。
「…関係ないよ、シャーロックには」
地面に涙が落ちた。
そこから私は止まらなくなり、今まで耐えてきた何かが溢れたように声を殺して泣いた。
でも溢れたのは涙だけで、その何かはずっと心の底に沈んだまま。
私の言葉にシャーロックは怒ったのだろう、シャーロックは私に手を差し伸べることはなかった。
すると私の後ろから誰かが走って来る音がして、それは一瞬だった。
エドワードが、シャーロックを殴った。
瞬きをする暇もなくシャーロックは体勢を崩し、地面に背中を強く打った。
肩で息をするエドワードの後ろ姿がピーターと重なる。
ああ、何故彼はピーターじゃないんだろう。
「サラ、」
私がエドワードに連れて行かれる時、シャーロックが私の名前を呼んだ。
私は強く掴まれている腕が痛むのを感じながら、シャーロックの、行くな、という言葉を聞いた。
でもそれはすぐ生徒らの騒ぎに消された。
振り返ることが出来なかった。
私は彼とシャーロックの想いに気付いてしまったから。
構わず流れているクリスマスソングに私は耳を塞いだ。
27 October 2013. Masse |