「お疲れのようで」
私室で仮眠をとっていると聞き覚えのある声が聞こえた。
窓から入って来たのか冷たい風が部屋に入って来て一気に眠気が飛んだ。
「帰ったんじゃなかった?」 「暇でしたので来ました」 「え?なんで?」 「特に用はありません」
ソファーから起き上がり、冷蔵庫から水を取って口に運ぶ。
今までこいつがここに来ることなんてなかったのに。
「疲れてるのわかる?」 「えぇ」
そうか、私も歳か…。
ぼんやりそんなことを思っているとバッとペットボトルを取られた。
「なにすんの、」 「今夜22時に迎えに来ます」 「は?」
聞き返す間もなく、ラフィットは窓から出て行った。
どういう意味だ!ペットボトル返せ!と腹を立てていたら手術の時間らしく設定していたアラームが鳴った。
すぐにそんな約束など忘れて私は手術室に入る。
ここに来て早二週間、相変わらずラフィットがいつもの調子だったのでどこか安心したのを気付かないふりをした。
昨日のことがまるでどうでもいいことのように思えた。
***
全て終了したのが何時だったか。
漏れた息と共にソファーに沈み込んだ。
水で濡らした温かいタオルを両目に当てる。
まだ呼吸が浅い。
手術の時みたいだ。
ふぅ、と私は深く呼吸をした。
「こんばんは」 「…あ、忘れてた」 「最初から期待していません」 「ごめんね」 「いえ。今日は休んでください。今日といっても日付は変わっていますが」
そう言ってシルクハットを深く被り直した。
…絶対怒ってるよ。
どこか行きたいところがあったんだろうか。
それが思いつく程今は頭が働かない。
急に睡魔が襲ってきた。
「…ラフィット」 「何です」 「明日、付き合ってあげるから」
情けない声だったけれどちゃんと伝わったらしい。
ラフィットは鼻で笑って、上着を脱ぎそれを私に被せてくれた。
上着の体温が、私に伝わる。
「おやすみなさい」
私が完全に意識を飛ばす前に、ラフィットの冷たい手が私の頬を撫でた。
5 August 2013. Masse
今日どこに行こうか凄く悩んで色々準備したのに結果忘れられていたという話.
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