見慣れた部屋、景色に別れを告げる。
ここが私の家なのでまた帰って来ることになるだろうが、なにがあるかわからない。
見納めだ。
今からある島に行って、この異常がある脳を見てもらう。
なにも感じない、けれど寂しい気もした。
余りにもここでの思い出が多すぎたから。
「え?また?」 「私が派遣されまして」 「嘘付け」
港で船を待っていたのに、現れたのはラフィットだった。
随分久しぶりな感じがする。
いつもみたいに何日も殺しをやってたんだろう。
「また落ちるかもよ」 「片手で支えて片手で飛ぶので大丈夫です」 「全然大丈夫じゃない」
早く、と急かされて私とラフィットは空を飛んだ。
今日が雨じゃなくて本当に良かった。
「苦しいんですが」 「落ちないようにしてるの」
これが最後になると思う。
この空を見るのも、この海を見るのも。
折角、好きになれたのにな。
後ろを振り返ると、私の故郷が段々小さくなっていくのが見えた。
いつかは出て行かなければならないと思っていたけれど、こんな形で、こんな早く出て行かなければならないとは思っていなかった。
ぐっ、と顔をラフィットの背中に押し付ける。
きっとまた帰って来れる。
これが最後と決まった訳じゃないんだ。
ゆっくり、ゆっくり靡く羽根が美しい。
嗚呼、そうか、この世界はこんなにも美しいのか。
私に欠けていた部分が埋まっていくような感覚。
こう思っているのは私だけだと良いな。
***
地面に足をつくと、ジャリッと音が鳴った。
私とラフィットは島に着いた。
長い間空を飛んでいたのに、全く疲れていないように見える。
見えるだけか。
「ありがとう、送ってくれて」 「礼には及びません」
ここでラフィットとお別れだ。
この時になって、ラフィットと過ごした思い出が頭に浮かぶ。
言わないと、お別れを言わないといけない。
私は笑顔とは言えない笑顔をつくった。
「さようなら」
またね、とは言わない。
正直、もう会える気がしなかった。
本当にこれが最後だと思ったから。
付け足しで元気で、と言おうとしたけれどラフィットに遮られた。
ラフィットはサラ、と私の名前を呼んだ。
私は必死に、別れの言葉でありますように、と願った。
でも違った。
「愛しています」
私が一番恐れていたことだったかも知れない。
息を呑んだのが、自分でもわかった。
「帰りを待っています、ずっと」
こいつの、真剣な目を初めて見た。
私は頷くことも返事をすることも出来なかった。
ただ、幸せだった。
嘘でもその言葉が、私に向けられたものだったから。
「愛しています、あなたの事を」
そう言い残して、ラフィットは私の目の前から去った。
翼が蒼い空に映える。
震える唇で名前を呼んでも、待ってと思っても、もう戻ってこない。
美しい翼を持った、ひと。
私の愛した唯一のひと。
そうだ、私も愛していたんだ。
あんな、暴力的で、なんでも自分の思い通りにする、命を簡単に奪ってしまうひとを。
「また会いたいよ、」
戻ってきて。
私はまだ伝えてないから。
6 August 2013. Masse
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