彼女は芸術をこよなく愛す。彼女は絵も描くし、作曲もするし、演奏もする。芸術家だ。彼女の家に初めて行ったとき、至る所に散乱した絵を見たことがある。色のない、全て黒で描かれた絵に私は強い感銘を受けた。無駄がなく美しく描かれた線が彼女の心をそのまま映しているようだった。彼女はいつも描いた絵を粗末に扱うからその日から彼女の描いた絵を整理するのが私の一つの役目となった。そして一枚一枚長い時間眺めるのがとても好き。そしてその中に時々混ざっている、雑に途中で書き終わっている楽譜。そして名の付けられていない音たち。「全部未完成なの?」と聞けば、「一曲だけ完成したのがある」と言うので私は彼女に弾いてくれるようお願いした。するとどこか照れくさそうに隣の部屋に私を連れていくものだからなんだろうと見てみると、部屋の中心に置かれた黒のグランドピアノ。ああ、好きだな、と思った。私も音楽は好きだけれど、どの天才作曲家が作った曲よりも彼女が作った曲がいつでも私の頭の中で響いている。音一つ一つが彼女の一部な気がして愛しさで胸がいっぱいになるのだ。彼女は女性らしい綺麗な指で水が流れるように軽々と弾く。漆黒の髪が揺れる。その姿に私は何度も心を掴まれた。このひとを好きになってよかった、だって彼女はこんなにも繊細で、こんなにも暖かい。


彼女は本をよく読む。決まってこのジャンルしか読まないということはないから色々な本を持っている。それなのに本棚がどこにもなくて廊下に本がいくつものタワー状になっていることがあった。初めての訪問で彼女が整理整頓ができないということが分かった。それから私は嫌がる彼女と家具屋に本棚を買いに行った。彼女は家具には拘りがあるのか自分で色々考えて買っていた。


整理整頓に加え彼女は料理をしない。できないのではなくて食に興味がないせいか面倒だと言ってしない。彼女の冷蔵庫を開けてみると水しかなかった。輝かしい才能に恵まれている反面、自分のことはお構いなしだ。
「有り得ないわ」
「コンビニがあるし」
そしてまた私はまた嫌がる彼女とスーパーに食糧を買いに行った。彼女はお金に対して執着がないので買い物をするのが下手だ。彼女は隣で「こんな食材買ったことないよ。何に使うの?」なんて独り言を言っている。今日の夕飯を作ってあげないと、と思いながら買い物を済ませた。そして彼女は体力がない。本当に体力がないのかどうかは知らない(いや多分体力はある)が彼女はよく寝る。外から帰って来て食糧を冷蔵庫に入れると彼女は「疲れた」と言ってソファーで寝始めた。最初は戸惑った。私がいるのに、と不服に思いながら傍にあった彼女の読みかけの本に手を伸ばした。それから二時間経って彼女が起きた。「昨日ちゃんと寝たの?」と私が聞くと、「外に出たら色々な物が目について疲れるんだ」と凡人の私にはとても理解できないような言葉が返って来た。たまに行動がおかしいときがあるけれど、このときのように私は彼女なりに何かあるんだなと思うようになり過ごすようになった。(彼女が芸術家だから、と言うのもある)


そんな彼女のことを心から愛しいと思うのは変だろうか。考えれる殆どのことが私と反対と言ってもいい。特技も価値観も好きな食べ物だって違う。それを言ったら周りから何故一緒にいるの?なんて言われるだろう。けれど泣いたり感動するところは私も彼女も一緒だった。(前に二人で映画を観たことがあった)それとお互い尊敬し合っているところ。自分にはないものをお互い持っているからそう思える。だから彼女の新しい一面を見るとすごく嬉しいし楽しい。こんなこと、絶対彼女には言えないけれど。私を一人にした後、「ごめんね」と申し訳なく笑うところも好き。こんなこと絶対彼女には言わないけれど。


彼女は私が作った料理をいつも美味しそうに食べる。二人で外食したりするときは全然目の前の食べ物の話をしないのに、私の作った料理にだけは彼女が「美味しい」と言う回数が多い。食べ終わった後も「ご馳走様、美味しかったよ」と言ってくれる。そして「それさっきも聞いた」と照れ隠しに私は言う。私は一度もその言葉を聞かなかったことはない。


音楽に触れているとき、絵を描いているときの彼女を見るのが好き。でも一番好きなのは本を読んでいるときだ。彼女は私と比べ顔も容姿も整って中性的で、似合っている短い髪型は同性からも人気がある。只々格好がよくて、読書している姿なんてじっと凝視してしまう。私なんて背は低いし見栄えも良くない。恋人なんて今まで片手で数えられる程しかできなかった。只勉強が好きなだけで所謂"何処にでもいる系女子"だ。でもそんな彼女の隣を歩きたいと思う自分がいる。そんな自分に嫌気が差して、何故こんな私を好きになったの、貴女には似合わない。それをそのまま彼女に言ったことがある。すると彼女は「好きになった理由?町中で堂々と手を繋いで歩きたいし、一緒に買い物したり、一緒に出掛けたい。これじゃ駄目なの?」なんてそんなときだけストレートに言われたものだから、私は何も言えなかった。そのときは酷く狼狽えたけれど後で考えたら、私がそう望んでいたように彼女もそう望んでいたんだと思った。今まで数人の異性と付き合ってきたけれど、こんなにも私のことを見てくれているひとなんていなかった。只一緒にいるだけでよくて、それ以上は求めない。この距離感が心地よかった。この距離を縮めようとも広げようともしない彼女の大人っぽさに私は惹かれた。


クラシックを流しに掛かる彼女の後ろ姿を見て、私がいなかったら明日のご飯もコンビニで済ませるんだろうなあ。聴こえ始めたベートーヴェン交響曲第6番に表情を和ませている彼女の横顔を見ながら私はそう思った。


6 August 2014.
Masse


この二人は同性愛者ではありません。
心惹かれた人が偶々女性だったという、好きになったら性別なんて関係ないんだという事を書きたかっただけです。


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