植物の甘い香りが春を予感させた。

やっとあの長い冬が終わり、植物たちは花を咲かせる。

葉は青々と色付く準備をし、小鳥たちは喜びの声をあげるだろう。

だがそれもここからは見えない。

見えるのは灰と化した大地だけ。

あなたと歩いた景色はもうそこにはない。


「サラ」


暗くて、気が狂いそうなくらい沢山ある黄金の中で聞いた彼の低い声。

そう、それが私の名前。

でもその名前が今は凄く嫌なの。

私が連れて来られた時と全く同じ景色。

あなたは来なかった。

あなたは私を忘れた。

何故来なかったの、なんて言わないけれど。


「行くわ」
「そうか」


私を忘れたのなら、この名前も要らない。

あなたがこの名前を呼んでいた頃は、私はもっと美しかった。

あなたが呼んでくれたから輝けた。

私を愛してくれたから私も自分を愛せたの。

今私は何処にいるの?

あなたの心の中にはいないの?


「泣かなくていい」
「…ーー、」
「お前は美しい」


長くなった私の髪の毛に彼は触れた。

今すぐにでもこの忌々しい髪の毛を切ってしまいたい。

きっと、あの人がこんな私を見たら嫌になるわ。

昔の私じゃないもの。

あの人が愛した私じゃない。

なのに私は何故今でもあの人を愛しているの。

頬を伝った涙は春みたいに優しいものじゃなく、雪解け水みたいに冷たくて。


「行くぞ」


彼が私の前に立ち、屈むようにして私の涙を拭って言った。

漆黒の彼の髪の毛が冷たい風に揺れる。

もう一度、あの人の元へ。


19 March 2014.
Masse


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -