*HITS物
美しいひとを愛す事は難しい。
堅物で面白味のないこの自分が人を愛す事なんて有り得るだろうかと思い込んでいたトーリンだったが、ひょんな事から彼はあるひとを愛して仕舞い、この事を実感したのだった。
トーリンが愛した女性はとても美しく、少々男と遊ぶのが好きなひとだった。
そんなひとが持つ魅力は数え切れない程あるが、偶に見せる知的な鋭い目付きが彼は好きだった。
彼の周りの者はきっと言うだろう、何故そんな女を好きになったのか。
でも彼は彼女がどんな人で、何処の出身で、過去にどんな事をした等どうでも良かった。
そのくらい彼は彼女を愛していた。
兎に角今すぐ彼女が欲しい、手に入れる事が出来るのなら何だってする。
トーリンのこの思いは揺るがなかった。
しかし中々その美しいひとは手に入らなかった。
彼女に言い寄ってくる男達とトーリンを比べれば断然彼女にとってトーリンは扱いにくい類の男であった。
それはトーリンも感じていた。
どうも彼女の前だとはっきり喋る事が出来ない。
益々口を固く閉ざして仕舞うのだ。
言いたい事は山程ある、でもその言葉をどうしたら彼女に届くのか。
真逆そのまま言う訳にもいくまい。
そう考えると彼の口からは何も出て来なくなった。
そしてその度彼女は何とも言えないような顔をして、でもトーリンの言葉をちゃんと待ってくれる。
その姿にトーリンは今度こそちゃんとしようと思うが毎回それは叶う事はない。
トーリンが彼女を初めて見た日、彼女は泣いていた。
だだっ広い殺風景な部屋に置かれた大きいベッドの上で、乱れた服をぎゅっと握り締め、窓の外を見ながら静かに涙を流していた。
トーリンはその時思った。
彼女は悲しんでいるのではない。
この長い人生に飽きているのだ。
どう生きて行けば良いかわからず、ずっと迷っているのだ。
彼女が欲しているものは決して浅はかなものではない事をその時からトーリンは知っていた。
自分なら与えてあげられると。
時間が経つに連れ、彼女は応えてくれるようになった。
トーリンもまた彼女に応えた。
寂しいと言えば抱き締めたし、キスして、抱いて、と言われたら彼は必ずそうした。
彼が彼女を拒む事なんてなかった。
口少ない事には変わりなかったが、彼なりに伝え、彼も彼女を求めた。
彼の奥底に沈む狂気が見たくて彼女は浮気もしたが、トーリンは決して彼女に怒鳴り散らすような事はしなかった。
彼は狂気と醜い嫉妬心を全て隠して仕舞っていた。
彼の中にある彼女に対する大きな愛も一緒に。
それが彼女は嫌だった。
でも彼女も彼と同じくらい彼を愛していた。
彼と出会えたからこの長い人生も楽しくなったし、欲しいものなんてもう要らなくなった。
彼がいてくれたから。
彼女にとって彼は全てだった。
彼は希望で、夢を叶えてくれた人。
しかしそんな日々も幕を下ろした。
永遠に続くと思っていた生活が一変し、愛していた美しいひとはトーリンの前から姿を消した。
今回は違う、過去にあったあんな子供染みた遊びではない。
邪竜だ。
連れ去って行ったのだ、彼の大切なひとを。
そして彼の狂気が、理に適っている狂気がトーリンを腐敗させていった。
12 February 2014. Masse
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