「おい、シルヴィア」
太陽は沈み月が顔を出した時刻、私と狐は眠る狐亭の最上階に来ていた。
久し振りに帰って来れたと思ったら狐について来いと言われ、一緒にここまで登った。
彼はここのボスだけあって壁を登るのが早い。
彼に比べ私はトロいのだけれど、狐は先に着くなり私に手を差し伸べて来た。
私がその手を取れば腕が引き千切られるくらいの力で狐は私を持ち上げた。
「落ちるなよ」
「そうなったらあなたも道ずれよ」
「ハッ、誰が」
狐は暗い海に浮かんでいる大きな満月と向き合うようにその場に座った。
彼につられて私も隣に座る。
冷たい夜風が頬に当たり、少し肌寒い。
夜になったらこんなにも月が綺麗なんだ。
いつも屋根の上ばかり走り回っているものだから、空なんて見ない。
月がこんなにも近くにある。
「ねぇ」
「あ?」
「ーーなんでもない」
「何だよ」
なんだか恥ずかしくて、焦れったくて仕方がなかった。
手に入るものにしか興味のない人だと思っていた。
意外にこういうのが好きなのかな。
普段の姿からは全く感じられない。
「今日右足、怪我しただろ」
「なんで知ってるの?」
「誤魔化しても無駄だ」
怪我した所を目で合図され、私は思わずうっと声を上げた。
今日は偶々番兵の弾が当たったのだ。
痛かったけど歩けるし、狐には言わないでいようと思っていた。
…怒ると怖いしね。
「ごめん」
「最初から俺に言っておけ馬鹿が」
「だ、だって軽かったし」
「次黙ってたらここから落とすぞ」
「そ、それは嫌だ!」
少し困ったように笑う狐を初めて見た気がした。
最近疲れ果てた彼しか見ていなかったから。
大きな白いカプセルの中に彼と私。
時間が止まればいいのに。
3 January 2012.
Masse