久しぶりに晴れた朝。
当分仕事でサンタンジェロ城にこもっていたから、久々に街へ買い物にでも行こうかと思いサンタンジェロ城を出た。
街の市場へは少し距離があるけど、たまには歩くのも良いだろう。
私と同じ思いだったのか街には人が沢山、市場にはこれ以上の人がいるのだろうと私は思いながら足を早めた。
常連って程でもないけど私のお気に入りのパン屋がある。
そこで買ってあそこのカフェで食べるのがいつものことだ、けど今日はそうもいかないな。
さっさと買って、さっさと帰れってことか。
私は苦笑いしてパン屋に入った。
まじまじ、どれが良いかなぁと見ていると、ガラス越しに将校のテオドールさんが見えた。
忙しいイメージしかないヴィスカルディさんもこんな市場に来ることもあるのか。
そう思いながらぼんやり見ていると、人混みで見えなかったヴィスカルディさんと話しているジェンティーリさんが私に気づいた。
私ははっと我に返り、恥ずかし気にきょろきょろしてしまった。
するとジェンティーリさんがヴィスカルディさんになにか言ったみたいで、ヴィスカルディさんが私を見た。
まず挨拶だ、と思い軽く会釈をすれば、ヴィスカルディさんも罰の悪そうに曖昧な会釈を返してくれた。
もう私の心臓はばくばくで、会えたことは嬉しい半分、緊張するから会いたくなかった半分。
そしたら人混みでジェンティーリさんとヴィスカルディさんの姿が見えなくなった。
私はもう行ったのかなと思い、会計を済ませ外に出た。
来た時よりも人は多くなっていて、道が見えない。
半分人に押し流されて困っていると、誰かに腕を掴まれどこかに引きずり込まれた。
こんな時に盗賊かと運の尽きを感じながら目を瞑った。
「私が持とう」
余り聞いたことのなかった声に私は慌てて目を身開けば。
あぁ、時間が止まれば良いのに。
「…おい」
「ヴィスカルディさん、ですか?」
「盗賊とでも思ったか」
「い、いえ!」
早口でそう言った私にそうか、と小さく呟いたヴィスカルディさんは私の持っていた大きめの袋に手を掛けた。
「城まで持つ」
「えっそんな!
悪いです!」
「かまわない」
私から袋を取ったヴィスカルディさんはすたすたと人混みから外れた道を歩き始めた。
私はもっと、もっと時間が遅く流れろと思いながらヴィスカルディさんと少し離れた隣を歩く。
いつかこの距離が縮まれば。
「すまない」
「なにがですか?」
「…いや、腕、痛むか?」
背の高いヴィスカルディさんを見上げるようにして見れば、意外と近くて胸が鳴った。
必死でヴィスカルディさんの言ったことを理解すれば、この人はこんなに優しい人と。
「いえ!
大丈夫です」
「そうか」
また1つ、ヴィスカルディさんの好きな面が増えました、と口から出そうになった言葉を呑み込んだ。
こんな言葉、言えたらどれだけ楽だろう。
「今日は街に用事で来られたんですか?」
ヴィスカルディは歩くのが早い為、バルデッリは少し小走りでヴィスカルディについて行った。
なんとか会話を続けようと何気なしに聞いたことが、後になりバルデッリにとって恥ずかしいことになるとは思いもよらなかっただろう。
「会う為だ」
そう言うと同時にヴィスカルディは立ち止まった。
つられてバルデッリも立ち止まる。
そしてその距離は決して遠いものでもなかった。
「君に」
とヴィスカルディはためらいも見せず。
バルデッリは自分が一瞬でヴィスカルディに堕ちたと思った。
もしかして自分は永遠に登ることの出来ない深さに、堕ちてしまったのかも知れないと。
5 Mars 2012.
Masse