「て、テオドール」
今まで黙り込んでいたバルデッリが急に私の名前を呼んだのに対し、私は本のページを捲る手をピタッと止めた。
驚きながら本から顔を上げて椅子に座っているバルデッリを見れば、見るからに緊張していた。
何をそんなに緊張することがあるのかと。
肩に力が入り過ぎて肩が上がり、目線は私の周りを泳いでいた。
「…急にどうした」
「え、どうしたって、」
はっと我に返ったかと思えばバルデッリは顔を真っ赤にして慌てふためき、顔を両手で隠した。
…一体何があったんだ。
「ジェンティーリさんにそろそろ名前で呼んだ方が良いとっ」
早口で余り聞き取れなかったが、ジェンティーリに名前で呼べと言われたらしい。
何故か、意外だ。
バルデッリはそう言う小さいことには全く興味がないとばかり思っていた。
「ごめんなさい、読書の邪魔をして」
私の反応が薄かったのかバルデッリは俯いてしまい、髪の毛で表情が見えなくなった。
今度は私が慌てふためいて、必死にバルデッリに掛ける言葉を頭の中で探していた。
シルヴィアだ、シルヴィアと言えばそれで良いと心の中で繰り返し言う。
「…シルヴィア」
後から考えてみればその声は上ずっていて震えてはいなかっただろうかとばかり。
するとバルデッリはさぞ嬉しそうに、
「テオドールさんって呼びますね」
と言った。
こんな、自分の名前を呼ばれただけで私はこうも、
「ああ」
嬉しいのか。
5 Mars 2012.
Masse