ヴィラ襲撃にヴィスカルディは部下の指揮をとっていた。
チェーザレはエデンの果実を無事手に入れたが、アサシンのエツィオ・アウディトーレとその関係者の行方がわかっていない。
ヴィラ襲撃後、ボルジア軍は沢山の犠牲を出しながらも、またサンタンジェロ城に戻って来た。
すぐに重傷者から順に軍医の手当が行われた。
軍医は人数少ないので手術を待っている間に命を絶つ兵士もいた。
そんな中将校ヴィスカルディは不意をつかれ、脇腹を引き裂かれると言う重傷を負っていた。
それでもなおヴィスカルディは傷口を隠しながら部下の誘導を手伝っていた。
広い医務室には溢れかえる程の兵士。
その中に軍医の1人シルヴィア・バルデッリがいた。
それを見たヴィスカルディは、足場のない地面を今にも倒れそうな足取りで行き進む。
そしてバルデッリから随分離れた壁にもたれ掛かった。
まず部下の命が先だと思う彼は本当に部下を持つ者としてなのか愚かなのか。
兵士はまだかまだかと軍医を焦らせては怒鳴っている。
それが嫌でも耳に入ってくることにヴィスカルディは一発殴ってやろうかと思ったが今のヴィスカルディにそんな気力はない。
ヴィスカルディは視点が定まらない虚ろな目で必死に手当をしているバルデッリを見た。
敵なら殺すまでの将校である自分より、あんな小さな身体で人の命を助けるバルデッリの方がよっぽど立派だと。
右手で押さえていた脇腹を見ると手から血が滲み出ていた。
もう駄目か、と目眩が起こった。
「ヴィスカルディさん」
ずっと聞きたかった声は目の前に。
独特の澄んだ声はいつもと違い震えていた。
ヴィスカルディは死ぬもの狂いで顔を、上げた。
「馬鹿ですね、あなたは」
「…シルヴィア」
掠れた声で呼んだ名前は君だ。
最期まで愛していたのは君だ。
君は聞きそびれたか、死ぬのは私だ。
そんな悲しい顔は、君にはとても似合わない。
「シルヴィア、」
「…はい」
「泣くな」
他人の為に、こんな、人の命を簡単に奪うこんな男の為に。
泣くな、そんな美しい涙は私は望んでいない。
せめて私が逝ってから泣いてくれ。
バルデッリは鼻をぐすぐす鳴らし、震える手で針や包帯を出す。
針が脇腹に刺さった瞬間、ヴィスカルディは痛みに意識を飛ばした。
ヴィスカルディが目を覚ましたのはその3日後だった。
明る過ぎる真っ白な天井が目に入り、ヴィスカルディはまた目を瞑った。
「ヴィスカルディさん」
一気に現実に引き戻された様にヴィスカルディは目を開けた。
こんな場面は2度目だ。
視界に、バルデッリが入る。
「おかえりなさい」
あの時見た表情より、今の笑っている表情の方が君は良い。
ヴィスカルディは思った。
5 Mars 2012.
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