どくどくどく、と音は小さいが確かに脈打っているそれは生きている。
それには管が十数本出てあり、その管を辿って見るとそこにはまたそれがある。
管と管は繋がっている状態で、届かなかった管からは血液がぽたぽたぽた、と漏れている。
丸出しのそれは糸でぐるぐるに巻かれていて、何処からか高いところから吊るされている。
糸と糸との間から肉やら血管が浮き出ていて今にも破裂しそうだ。
どくどくどく、と見渡せば何個も吊るされているそれは休みなく脈打っている。
その脈の音に私の耳はすっかり埋まり、遂に私の心臓の音は聞こえなくなって仕舞った。
血液が全身に回らなくなり、身体の組織が停止する。
唯見えるのは私の周りにある何百個もの心臓。
次第にそれらの脈打つ音が壁を叩くような鈍く大きな音に変わり、そしてそれらは次々と破裂し始めた。
まるで悲鳴でも上げているかのように。
「ーーーサラ」
額に冷たいタオルを乗せられ、私は目を覚ました。
いつもここでこの気味の悪い夢は終わる。
「ドクター、」
「また診察中に意識が飛んでいたよ」
「…まずここへ来た記憶がありません」
「だろうね。だか前より意識が飛んでいる時間が短くなった」
「はあ」
「君の診察を最後に回したのは最善の策だったよ」
ドクターがずっと私の額を抑えているのに気が付き、私が代わるように抑えるとドクターは部屋を出て行った。
あの先を私は見た事がない。
一体あれで私は死んだ事になるのか、それとも私は生きている事になるのか。
毎回そこで目が覚めるので、まるでドクターによって見る事を阻止されているみたいに思う。
そう考えるか、ドクターがこれ以上あの夢を私が見ないようにしていると考えるか。
どちらにしろそこまで見るのには変わりない。
そして起きて思う。
死人みたいだ、と。
この気分の悪さと言ったら。
夢を見ている時よりも起きた時の方が息苦しい。
「ハーブティーだ。苦手かね?」
「いえ、飲めます」
「そうか」
「グレアムさんはお元気ですか?」
「良いとは言えないな。最近は無理して仕事をしているみたいだ」
「そうですか。心配です」
「私もだ」
顔を上げるとドクターは笑った。
それに応えるように私も小さく笑う。
ドクターならきっと彼の病気を治せるだろうから心配は要らないんだろうけれど。
なんだろうこの落ち着かない気持ちは。
このままではいけない気がして堪らない、とざわつく。
多分これもあの夢のせいだろう。
ちらちらと脳裏に焼き付いたあの心臓が浮かぶ。
一体それは誰のーー?
「サラ」
「はい、」
二つ、空になったカップを持ち、立ち上がってドクターは私の頭に手を置いた。
どくどくどく、と心臓が脈打つ。
この感じ、まるであの夢のようだ。
あの夢の心臓もこのように脈打っていた。
「余り夢の事は考えない方が良い。夢は所詮夢だからね」
ドクターは優しい。
こうやって夜遅くまで面倒を見てくれるし、ドクターの治療で前よりあの夢を見る回数が減った。
私はドクターしか信じられない。
でもこの胸のざわつきはなんだろう。
私のそれはあの夢の心臓のように早く強く脈打ち始めた。
5 November 2013.
Masse