諜報員行きつけのパブがある。
そのパブはとても微妙な所にあるから知らない人は辿り着けない。
例え辿り着けたとしても見ただけではパブだとはわからない。
そこに来る奴と言えば見慣れた面子ばかりで、大抵金曜日の夜に顔を出す。
俺は今日の仕事を全て終わらせ、支度を整える。
このまま家に帰っても相変わらず冷蔵庫は空だし、特にすることもないからそのパブに行こうと思った。
すると部屋の扉がノックもなしに開けられた。
見るとヘイドンだった。
こんなことをするのは彼しかいない、と後で思う。
「今から暇か?」
いつもの台詞に笑いを溢す。
素直に言えばいいのに、と鞄とコートを持つ。
「えぇ」
時計を見ると22時を回っていた。
***
煙草や酒の匂いが充満したパブには大勢の同僚や上司がいた。
テーブルには俺と同僚三人が座り、普段はそんな話さないせいかその分会話が弾む。
酒が入ってるから話題なんて殆どが独り言のようなもので、愚痴やら誰に惚れてるやらをだらだら言う。
俺はそれを聞き流し早くも酩酊した同僚を見て笑いながらグラスにスコッチを入れる。
俺はふとカウンターを見た。
そこにはサラの姿があった。
仲のいい女友達と楽しそうに話をしている。
ーー何を、話しているんだろうか。
呆とそんなことを考える。
ここからカウンターまでは遠い。
途中人が通るせいでずっと見つめることは出来ない。
彼女を見ていると時間が止まったように周りの騒音は聞こえなくなって、俺の目に映るのは楽しそうに話をしているサラの横顔。
君のその表情を見てると、酒の味がなくなるよ。
いつも思うんだ。
世界を止めて君と二人きりになりたいって。
君の隣には俺が座って話をしたい。
何でもいい、君が話すことなら何でも。
なんてことを重たい頭で考える。
いつものことだけどいくら酒を飲んでもハイにはなれない。
寧ろ冷静に、冷めた気分になる。
その中に入って来れるなんて君くらいだ、と一旦サラから目線を外した。
時計を見ると0時前。
ーー嗚呼、ハイになりたい。
周りの奴らみたいにハイになったら気分がいいだろうな。
満たされた気分で、そして君に話し掛ける。
今までに女性に声を掛けたことなんて沢山あるけど、君は難しそうだ。
でも一筋縄ではいかない君もいい。
そういうところに惚れたのも事実だから。
そしてまたサラに目線を移す。
あぁ、やっぱりハイなる必要はないな。
君と二人きりになったら、俺の勝ちな気がする。
二人きりになったら、だけど。
でも生憎それは叶えられそうにない。
こんなにも、君と俺との距離を広げようとしている。
世界を止めて君と二人きりになりたい。
君とじゃなきゃ駄目なんだ。
俺はまず、世界を止めることからしなければならない。
持っていたグラスが空になったことに気付き、味のしないスコッチをまた入れた。
相変わらず君の横顔は綺麗だ。
18 October 2013.
Masse
From. Arctic Monkeys - Stop the World I Wanna Get Off With You
ギラム=片想いっていうのが自分の中である.
そろそろ抜け出そう.