ふと向かいに座っている霖に目線を移す。
眠たいのか、頭が小さく上下に動いている。
両手で持っている本はもう何処まで読んだか分からなくなっていた。
この暑くも寒くもない微妙な気温に誘われたのだろう。
まあ無理もない。
風鈴が静かに鳴る。
僕は読んでいた本を閉じ、重たい腰を上げた。
そして霖の隣に座る。
随分と小柄だなと思う。
頭は小さく黒髪に覆われ、肩幅は狭く机に細く長い腕が伸びている。
霖、と小さく呼んだ。
返事はなく完全に寝入ったようだ。
そっと肩と腰に腕を伸ばし、自分の膝に霖の頭を持ってくる。
乱れた髪を払い、霖の整った顔を見詰めた。
別嬪、という言葉が似合う。
そして何と無防備な事だろう。
好いている男の前ならばこんな姿、曝け出すまい。
馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑った。
一体自分はどんな男として霖の中にいるのか。
それが気になって仕方が無い、昔から。
歳も然程変わらない。
それなのに霖には噂がない。
出会った当時から。
何処か期待している自分が情けなく嫌だった。
一層の事言って仕舞おうか。
言わずにいればこのまま墓まで持っていく事になる。
今更他の女性を好きになる事などもうないだろうから。
霖の頬に触れているか触れていないかの所で手が止まる。
「…秋彦さん?」
いつもの顔で起きたかいと言った。
手を、誤魔化すようにゆっくり元の位置に戻す。
心拍数が上がった。
「すいません、」
「何がだい」
一瞬それが答えに聞こえ、眩暈がした。
「もう一回寝ても?」
眩暈は止み、僕は反射的に霖を見た。
霖はまだ眠たそうに目を細めている。
ああ全く可愛いな、と零れそうになった言葉を呑み込んだ。
「時間になったら起こそう」
霖は消えそうな声で最後僕の名前を呼んだ。
その声がずっと頭に響き、さっきとは違う眩暈が襲う。
そうやって君は僕の心を掴む。
掴まれた僕の心はもうそろそろ悲鳴を上げ始めている。
霖、僕は君が好きだ。
口に出せないこの言葉が酷く嫌いになった。
17 August 2013.
Masse