八月。
蝉が忙しなく鳴いている。
太陽の日差しを受けながら、私は地獄と化したこの坂、眩暈坂をのぼっている。
だらだらと続くこの坂をのぼると、京極堂という古本屋がある。
場所を間違えたましたね、と言いたいが生憎今はそれどころではない。
途中立ち止まって、持っていた水を口に運ぶ。
これだから夏は嫌いだ。
「やあ」
振り返るとなんとまああの仏頂面が少し笑っているものだから私は返事を返せなかった。
「暑いね。その様子だと僕の家に用があるのかな」
「この坂をのぼってる時点でそうなります」
ああ、と返してきたこの男は汗一つ見せず余裕の表情。
ああ、この男は熱を持たないんだった。
「よくそんな身体で生きていけてますね、秋彦さん」
「生きていける筋肉くらい僕にだってあるさ」
まあね、と力なく言う。
秋彦さんは下駄の音を鳴らしながら私の横まで歩いてくると私の前でしゃがんだ。
「ほら、僕が負ぶってあげよう」
「…どうしたんですか急に」
「このままだと家に着くどころか御陀仏だ」
そう言って口の端を上げた。
誰が、と思うも私にはもう坂を上がれる気力がなかったので、仕方なく負ぶらせて貰った。
すると、到底こんな身体では考えられないような力で持ち上げられ、スタスタと坂をのぼり始めた。
秋彦さんの背中から伝わる熱に、この人も人間なんだと思う。
それは酷く熱かった。
「秋彦さん、何でお姫様抱っこじゃないですか?」
「そういう柄じゃないだろう君は」
「ひどー」
「冗談だ」
降ろされる時に、君を抱けば僕の心臓が保たないんだ、とか何だか言われたが咄嗟に秋彦さんの家に入り込んだ。
10 August 2013.
Masse