市場のとなりで。


一日のうちで一番、好きな時。
それは、食事を前にして「いただきます」と手をあわせる時。
そして、大体はカラになったお皿に向かって「ごちそうさま」とすべての指を重ねる時。
極端なことを言うと、つまりは、一生で一番、好きな時。
そこそこ一人ぐらしの生活が長いので、ごはんは当然、誰も用意してはくれない。
料理をすることもあれば、適当に買ってきたもので済ますこともある。
テレビがないからというわけでもないけれど、ほとんどは本を読みながら食べる。お行儀が悪くてごめんなさい。
家族と暮らしていたころ、食卓での時間が嫌いだった。
ものを食べる姿勢は、宗教的な教育を試される場でもあったから。
感謝を表す行為は、人間に対して捧げるものではなかったから。
味が分からなくなった自分を、嫌いになった。
そんな自分を、それなのに、なぜだかどこかで好きだった。
今、一人で食べるようになって、ほんとうの意味で感じとる。
何をいただけていて、何がごちそうかを。
この手と手のあいだに、何があるかを。
「いただきます」「ごちそうさま」の言葉としぐさの瞬間、私は、きっと、かなり良い笑顔を浮かべていることだろう。

唯一、それが豆腐でさえなければ。


好きなものと嫌いなもの
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