実はここ連日、3人の友人にそれぞれ別の機会で本心からありがとうを伝えていた。こういうこともなかなか無いと思う。
感謝を表したことで満足してしまっていないか?自分の幸運に甘えていないか?
改めて省みる。そしてまた、ありがたいと思う。
どんなに凶兆を示されようと、姿勢ひとつで難を逃れられる気がする。針が折れたのは、何かを清算した末の厄落としのようなものだったのかもしれない。うまく言えないが、うっかり順番が逆になった可能性もある。本来であれば針が折れてから運気を好転させるべく慌てて頭を下げに行くべきところだった、というような、不思議な先取りとでも呼べば分かりやすいだろうか。
縁起が悪いと言われていることも逆手にとれるようになったかなあ、と考えた数秒後に思い出した。数日後に母の命日が巡ってくる。
昨年はすっかり忘れてしまっていた。気づいた時にはもうはや秋だった。
仏壇のある実家と疎遠で、かつ、お墓がないと不便よねえと言い訳してお茶を濁した。
縁起より供養の作法が悪い、ひいては生活態度が悪い、と叱られているのかもしれない。
ああ、はいはい、ごめんなさい。ああ、はいは一回ね、はいはい。でも言霊ってあるからあまり悪い悪いって言わないほうがいいんですよ。ああもう、はいはい、減らず口ですみません。
とりあえず、今夜は戸締りと火まわりをしっかりと確認してから床につくとしよう。暮らしの基本をおろそかにしてはいけない。

140715 2332
一言


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