悠然



彼は黒い髪を靡かせ木々を横切った
手には袋に包まれた物があり何処かにそれを届けようとしているのが目に見える
彼の左目元には隈取りが浮き出ているのだが、少し前、街ですれ違った人にはそれが見えていないようだった

「あ、要さん」

ふと小さい少年は彼に駆け寄る
彼は“見えないはずの”少年を確認してからやんわりと微笑んだ

「おっ霧葉、おはよう。元気にしてたか?」

彼はテノールとボスの間の落ち着いた声で霧葉と呼ばれる少年に話しかける
霧葉は照れくさそうに笑いながらこくんとうなずいた
彼はそれを見届けるとそうかとまた微笑んだ

「あ、あの。要さんは…その…住職さんに、お裾分け…です、か?」

恥ずかしそうに途切れ途切れしながらも霧葉は彼にそう聞いた
彼はあぁ、と呟くと

「お土産だよ。ちょっと遠いところに行ってきたんだ」

と答えた
霧葉は首を傾げながら

「おみやげ…ですか?」

と聞いた。彼はうんと頷いて

「沖縄って言う海が綺麗なところに行ってきたんだ。」

と答えながら確かここに、と携帯電話を操作し始める
霧葉は「海かぁ…」と呟き、見てみぬ海に思いを馳せる
少し経つと彼はあったあったと携帯の画面を見せながら

「普通の海とは違うところだよ。とても綺麗なんだ。いつか霧葉にも本物を見せて上げたいな」

と微笑んだ
霧葉は沖縄の海を写真で撮影した画面を見ながらわぁっと感嘆の声を上げる
その光景を微笑ましく見ながら元自分の家であった寺に向けて足を進める
そして門まで行くと霧葉に待っててと告げて門をくぐる
くぐった瞬時に常人には見えない隈取りが消える
そして彼は何もいない自分の右隣を見て

「写世、ありがとう。少し待っててくれ」

と微笑んだ
先程彼に付いていた隈取りを左目の下に付けた男性のような女性のような容姿をした山羊のような耳と角を生やした白銀色の髪の妖怪は急に姿を表し、ああ。と承諾すると霧葉がいると思われる門の外へ移動した
彼はそれを見送ると父がいるはずの本堂へ足を運ぶ





「父さん」

彼はそう良いながら本堂に顔を出す
父は仏像の前で座っており、廊下では見習いの若い僧達が雑巾を頑張って掛けていた
父は彼の声を訊くとゆっくり立ち上がりやんわりと微笑んだ

「要、お帰り。」

そう言いながら彼の頭を軽く撫でた

「ただいま、父さん。お土産持ってきたよ」

そう言って彼は手に持っていたお土産物を手渡す

「ああ。ありがとう。皆と共に食べるとするよ」

父はそう言ってお土産物を受け取った

「そう言えば今日は夏目君と多軌ちゃんは一緒じゃないのかい?」

父は彼の後ろを見ながらそう言った

「夏目と多軌は仕事だよ。近いうちに顔を出すって言ってたよ」

彼は寂しそうに笑いながらそう言った
それを聞いた父は彼の様に寂しそうに微笑みながら

「早くその日がくると良い」

と言った
暫くお土産話をしてから彼は寺を出た
門を出た途端何かが自分の中に入る感触とともに出るまで見えなかった霧葉の姿がはっきりと見えるようになった。
そこで彼は自分が写世と名付けた妖怪が自分の中に入ったことに気づく
小さく「写世悪いな」と呟いてから霧葉を見る
そして手を出して「霧葉、行くか」と微笑んだ
霧葉は恐る恐るながら彼の手を取った
多分常人から見たら彼は空気と手を繋いであるいているように見えるだろう
それもそれでいいかな。
夏目とお揃いだ。
そして多軌は羨ましがるだろうな
と彼は心底小さく笑った





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